2025.04.01NEW

平成の日本レスリング界を支えた名匠2人が退任…栄和人(至学館大)和田貴広(国士舘大)

 平成の日本レスリング界を支えた2人の指導者が、各所属を去ることになった。至学館大の栄和人監督と、国士舘大の和田貴広監督。奇しくも鹿児島・鹿児島商工高校(現樟南高校)のOB。栄監督は引き続き愛知県にあってOGが選手活動を続けるKeePer技研、東新住建、アイシン、ケアサポートの監督に就任し、大学のレスリング場には顔を出すが、和田監督は実家の都合で鹿児島に帰ることになり、地方での活動となる。

 栄監督は1996年から至学館大(当時中京女子大)の監督を務め、オリンピック・チャンピオンを、4連覇の伊調馨、3連覇の吉田沙保里、連覇の金城梨紗子を含めてのべ14人育成。世界チャンピオンを含めれば、のべ 人の世界一の選手を育て、日本の女子レスリングの躍進を支えた。

▲3月15日のサプライズ謝恩会には大勢のOGと関係者が集まった

 「(大学生の指導は)やり切った、という気持ち。世代交代していかなければなりません」と退任の理由を話す一方、企業に就職してオリンピックを目指す選手の目標を「かなえさせてあげたい」と指導を続ける。3月末にヨルダンで行われたアジア選手権では、50kg級の吉元玲美那と57kg級の屶網さら(ともにKeePer技研)が優勝。勇退に花を添え、2028年ロサンゼルス・オリンピックへ向けての期待を持たせる結果をプレゼントした。

 22年9月には小中学生を対象にした「栄和人杯 集まれ!未来のメダリスト」をスタートし、地域のレスリング普及活動も続ける。昨年の大会には300選手が集まった。

 3月15日には、金城や土性さらさん、登坂絵莉さんらがサプライズで駆けつけて“謝恩会”を開いてもらった。「大勢の教え子たちに送り出せてもらえて、幸せ者です。選手たちには感謝の気持ちでいっぱいです」と話した。

▲金城梨紗子(左)登坂絵莉(前列中)土性沙羅(右)のオリンピック金メダリストからねぎらわれる栄和人監督

多くの人が協力してもらい「幸せだった」…和田貴広氏

 和田監督は、日本のレスリング界がどん底にあった1990年代に選手として活躍。1995年世界選手権では、決勝でいったん手が上がりながら、当時のルールのプロテスト(試合後のビデオチェック)で勝敗が逆転する不運。それでも翌年のアトランタ・オリンピックへ向けて日本チームをささえた。

 2000年シドニー・オリンピックを最後に指導に回り、全日本チームのコーチとして2004年アテネ・オリンピックと2008年北京オリンピックでメダリストを育成。2013年から再び全日本のコーチとなり、2016年リオデジャネイロ・オリンピックまで続けた。

 「大学の定年まで指導に携わりたかった、という気持ちもあるけれど、やむをえない事情です。国士舘大で実力をつけさせてもらい、レスリング人生をまっとうできたかな、という気持ちです」と、選手および指導者としてのレスリング人生を振り返った。

▲「幸せなレスリング人生だった」と、東京での35年間を振り返った和田貴広氏。左は国士舘大の先輩の吉本収・東日本学生連盟会長=3月23日、U23全日本選手権の会場にて

 大学に入学する前は、自分がオリンピックに行けるとは思っていなかったし、全日本チームにかかわる指導者になるとも思っていなかったと言う。世界選手権決勝での逆転判定や、オリンピックでメダルを取れなかったことの後悔は「ほとんどない」そうで、全日本チームに携わることができ、多くの人が協力して盛り上げてくれたことを「幸せだった」と、しみじみ話した。

 ただ、自身の選手時代に比べると国士舘大の勢いが今ひとつという状況は心残り。「全日本選手の指導も難しいですが、学生の指導も難しいんですよね。後輩に期待したい」と言う。鹿児島でも、生活が落ち着いて状況が許せば、何らかの形でレスリングに携わっていくと言う。