初めてU15世代で男子グレコローマンの試合が採用された「JOCジュニアオリンピックカップU15全日本選手権」。この大会のスタートを、だれよりも感慨深い気持ちで迎えたのが、2000年シドニー・オリンピックのグレコローマン69kg級銀メダリストの永田克彦・WRESTLE-WIN代表だろう。
グレコローマンの振興のため、2016年に少年選手のグレコローマンへの取り組みを提言。大会を開催し、欧州と同じように少年選手がグレコローマンに取り組む機会をつくった。しかし、全国少年少女連盟は、個人レベルで実施することは止めなかったが、連盟としては時期尚早として永田さんの提案を却下。グレコローマンを中学生以下の年齢に広める試みは暗礁に乗り上げた。
中学を飛び越えて小学生に広めるのは無理があったかもしれないが、永田代表は「欧州では少年のグレコローマンが普通に行われており、基礎をしっかり身につければ危険は少ない」ことを訴え続けた。その熱意に中学関係者からグレコローマン導入に積極的な声があり、低年齢からのグレコローマン採用の動きが広がっていった。
2021年11月の全国少年少女大会(熊本)では、全国少年少女連盟の今泉雄策会長(この大会で勇退)が「少年のうちからグレコローマンをやった方がいいように思っている」と方向転換(関連記事)。2022年8月には、U15グレコローマン普及委員会が設立され、U15アジア選手権グレコローマンへの選手派遣を含めた普及についての論議がなされ、気運は急速に広まっていった。
今大会に続き、今年は5月の沼尻杯全国中学生選手権(茨城・水戸市)でも初めて男子グレコローマンが実施される。当初の目標だった小学校5・6年生選手のグレコローマンへの取り組みには、まだ時間がかかるだろうが、欧州に負けないグレコローマン王国を作るための道は、間違いなくスタートを切った。
その大会で、次男・聖魁が優勝した。「コーチや練習の相手をしてくれたチームメートのおかげで優勝できたので、とてもうれしいです」と周囲への感謝の言葉を話し、「最後まであきらめることなく相手に向かっていけたことが勝因だと思います」と振り返った。練習はもっぱらグレコローマンだったので、自信は「少しありました」と言う。
全国大会の優勝は小学校3年生(2019年)以来。優勝に見離されていたことについては、「しっかり練習していなかったですから…」と照れくさそうな表情を浮かべたが、「この優勝でやる気になりました。全中(全国中学生選手権)でも優勝したい」と気持ちは上向き。
そのあとはU15アジア選手権(7月、キルギス)がある。「外国選手は手足が長くて力がありそうで、やりづらさそうです」と話しながらも、「楽しみです」と言う。将来の目標を聞くと、「今、言える立場ではないですが…」と遠慮しながら、「オリンピックで優勝したいです」と話した。
息子の久しぶりの優勝に、永田代表は「家族でテレビに取り上げられることもあり、注目されたけど、徐々に勝てなくなった。『(オリンピック銀メダルの息子だが)たいしたことないじゃないか』と言われたこともあったそうで、自信を失い、辛い時期が続いたと思う」と、長かったトンネルを振り返った。
そんな中、グレコローマンに出合った。親の血を受け継いだのか、このスタイルが合ったようで、「勝ちたい」という気持ちが見られるようになり、「この試合に向けて頑張ってきました」と言う。ちょっと前までは、練習をやらなかったり、反抗することもあったが、「この大会に向けては違った。自分で練習し、出げいこ先を探したりなど前向きな姿勢が出てきた」そうだ。
「試合前は、勝っても負けても…」と言ったあと、いろんな思いがこみ上げてきたのか、言葉が途切れ、大粒の涙がほほを伝わった。待つこと1分近く。声を振り絞って「頑張りを、たたえてやりたい。これまで、大会が終わるごとに悔しい思いをしてきたと思う。(オリンピック銀の)父親のプレッシャーもあったと思います」と息子の踏ん張りを賞賛。「まだ通過点ですけど、この優勝を自信にしてほしい。もっと高い目標に向かって頑張ってほしい」と期待した。
念願だったこの世代でグレコローマンのスタートについては「歓迎すべきことです。多くの若い選手がグレコローマンに取り組んでほしい。それが日本のグレコローマンのレベルアップにつながる」と話した。グレコローマンの導入に反対された大きな理由は「危険」ということだが、「基本を正しく指導して、段階をふんでやれば、決して危険ではありません」と持論を強調。一方で、「指導者も、基本をきちんと学んだうえで指導していく必要があります」と、けが防止への警句も話した。
昨年のU17グレコローマンは、アジア選手権で3勝12敗(銅2)、世界選手権で2勝11敗(最高は7位)と、世界から引き離されている。「U15世代のグレコローマンが世界に追いつくには何年くらいかかる思いますか?」との問いに、まず「今年のアジア選手権でも勝つのは厳しいでしょう」と答えたが、「キッズ・レスリングが盛んというベースがあるので、世界に追いつくのは早いと思います」との予想。
U15の振興によって、5年後にはU17で世界(欧州)に近づけるという感覚を持ったそうだ。「全中(全国中学生選手権)でも始まるし、選抜(全国中学選抜U15選手権)でもやってほしい。試合をやってこそ技術も進歩する」と言う。
今大会での実施を機に、若年層にグレコローマンが広がっていくと期待。「グレコローマンをやっていた指導者が、自分のやってきたことを存分に発揮できる日が近いと思います」と話し、多くの指導者の気持ちが盛り上がっていくことを予想した。