3月2日に大阪・高槻市で行われた「高槻市少年少女大会」(高槻市レスリング連盟主催)は、来年で40回を迎える。キッズ・レスリングの大会が全国で行われるようになって久しいが、40回を迎える地方大会はそう多くない。同連盟は寺内正次郎・現名誉会長が創設し、現在は河内義雄会長(大体大レスリング部OB)が伝統を引き継ぐべく奮戦。来年の40回記念大会は、記念大会として少し大がかりな大会演出を考えているようだ。
会長をサポートしているのが、河内代表の長女・美樹さんと次女・沙樹さんの2人の姉妹。高槻市連盟でレスリングをスタートし、寺内名誉会長や父の指導で結果を残し、大阪・香ヶ丘リベルテ高~日体大へ進学。現在は、ともに大阪府警の警察官として府民の治安を守っている。
沙樹さんはこの日、交番勤務の夜勤明けで会場に駆けつけた。コーチしている同連盟の選手のセコンドに入り、表彰式が始まれば賞状やメダルを用意してプレゼンターの父を助けた。
ともに大学卒業で選手活動は終えている。「3歳からレスリングをやっていて、レスリング中心の生活でした。育ててくれた高槻市レスリング連盟には感謝の気持ちでいっぱいです。その恩返しのためチーム運営と大会運営に協力しています」(姉・美樹さん)、「これまで支えてもらった人に恩返ししたかった。高槻や地域の方々へ役立つ仕事として警察官を選び、キッズ選手の指導もしています」(沙樹さん)と、同クラブ、さらにはレスリングの普及と発展に尽力している。
美樹さんは中学時代に全国大会2連覇を達成し、2012年アジア・カデット選手権で優勝。高校時代にもJOC杯ジュニアで優勝し、日体大へ進んで2016年全日本学生選手権で1年生チャンピオンへ。2017年にはデーブシュルツ国際大会(米国)優勝と海外での実績もある。国内の最高成績は2019年全日本選抜選手権2位(65kg級)。
けがもあり、卒業をもって選手生活には区切りをつけ、選んだ職業が警察官。「多くの人のお世話になり、助けてもらった。今度は自分がだれかの役に立つことをやりたい」と話す。不規則な勤務時間からして、常にチームの練習に参加し大会に帯同できるわけではないが、地元のこの大会はできるだけ都合をつけて参加するようにしていると言う。
沙樹さんは中学時代にジュニアクイーンズカップ・カデットで優勝し、2015年に姉と同じくアジア・カデット選手権で優勝している。2017年には高校生にして全日本選手権3位に入賞。日体大に進み、全日本学生選手権2位などの成績を残した。
「小さい頃からレスリングをやっていて、レスリング人生は20年くらいになります。高校の監督や日体大のコーチ、同期生など周囲の人に恵まれました」と振り返る。同期には、昨年の世界選手権で3位に入り2028年ロサンゼルス・オリンピックを目指している森川美和(ALSOK)ら強豪選手がいて、今も応援を続ける。
日体大では、伊調馨・現全日本コーチ(ALSOK)が2021年東京オリンピックを目指して練習していた時期と重なる。沙樹さんは「その強さを身に染みて感じました」と言う。尊敬の気持ちが強く、階級は違うが「この人に勝つ、という気持ちにはなれなかった。このレベルでやっていくのは厳しいかな」という感覚となり、卒業で選手生活にピリオド。警察官の道を歩んだ。
人に役立つ職業は世の中にたくさんある。その中で警察官を選んだのは「あこがれがあったから?」という問いに、2人は声をそろえて「そうです」と答えた。「災害救助に携わりたかった」(美樹さん)、「白バイでさっそうと行動する姿にあこがれていた」(沙樹さん)と、内容は違うが、危険を顧みず人助けをしたいという思いは共通だ。
災害救助は、ときに命がけになることもある。不眠不休で働かなければならない事態にもなるが、美樹さんは「レスリングをやっていたときの方が、しんどいです」と言う。阪神・淡路大震災級の災害とは遭遇していないが、そんな状況になっても、最善を尽くして任務にあたることだろう。
沙樹さんは交番勤務で、飲み屋街での酔っ払い同士のケンカの仲裁に行くこともある。そんな状況に遭遇しても、「ひるむ気持ちはないんです。レスリングで養った精神力が役に立っているんだと思います」と言う。「相手は凶器を持っているかもしれないのでは?」と問いにも、「行ったれ! っていう気持ちの方が強いんです」と笑う。レスリングを通じて得た度胸なのだろう。
選手生活の中には姉妹対決もあった(2019年の明治杯全日本選抜選手権や天皇杯全日本選手権など)。どちらかが階級を変える方法もあっただろうが、ともに譲らず同階級でのエントリーとなったと言う。両者の記憶では、通算5回闘って、姉・美樹さんの4勝1敗。
美樹さんが「妹が一番のライバルでした。一番負けたくない相手でした」と振り返れば、沙樹さんは「妹が1回勝った、って書いてくださいね」と念押しし、両者とも大笑い。この取材中に2人で大笑いすることが何度もあり、仲のいい姉妹だ。
逮捕術習得の一環として柔道の練習はこなしている。大阪府警には、高校や大学でレスリングをやっていた警察官を中心にしたレスリング・クラブがあり(1984年ロサンゼルス・オリンピックには所属の石森宏一=現三恵海運コーチ=が出場)、ときにマットの上で汗も流す。
それであっても、高槻市連盟でのキッズ選手相手の練習では、「体力の衰え」を感じるとか。「衰え」というより、「レスリングがいかにきついスポーツだったかを感じる」と言った方が正確だろう。「大学時代のあんなしんどい練習、もう絶対できません」と沙樹さん。きつい思いをした分、レスリングへの愛着は大きい。
日本レスリング選手の活躍は常に気にしており、パリの好成績は「自分も頑張ろう、という気持ちになりました」と口をそろえる。この4月には、日体大を卒業する末弟の良樹選手が大阪府警へ就職するので、“三本の矢(毛利元就の逸話=何人もの人間が力を合わせれば、非常に強い力を発揮できることのたとえ)”で古巣の発展に尽力することになる。
大体大浪商高(昨年のインターハイ学校対抗戦2位)の躍進もあって、飛躍の予感を感じさせている大阪府のレスリング。高槻市からも力強いパワーが沸き起こりそうだ。