2025.01.12

世界王者のモチベーションは「世界トップ選手への憧れ」…UWWが小野正之助(山梨学院大)を大々的に特集

 

 世界レスリング連盟(UWW)は1月8日、公式サイトで「レスリングの天才、小野が家族の支援を受けて大きく前進」とのタイトルで、昨年の61kg級世界チャンピオンの小野正之助(山梨学院大)を大々的に取り上げた。世界選手権などの展望・結果記事で有力選手や優勝選手を取り上げることは普通にあるが、それ以外で特定の選手を大きく扱うのは極めて異例。

 ロシアの中でも強豪が多く生まれているダゲスタン共和国のレスリング協会ホームページが全文を引用して掲載しており、レスリング王国のロシアでも大きな話題になっていることが予想される。

▲UWWのホームページに大々的に扱われた61kg級世界王者の小野正之助

 執筆者は、クマール・ビネイ記者(インド=2023年明治杯全日本選抜選手権のときに来日)。10月末の世界選手権(アルバニア)のとき、応援に来ていた小野の両親を翻訳アプリを使いながら丹念に取材。このほど記事化した。

 取材から記事掲載まで時間がかかった理由は定かでないが、記事の中に「best wrestler on the planet」(地球上で最高のレスラー)、「No wrestler has been talked about as much as Masanosuke ONO in recent times」(最近、小野正之助ほど話題になっているレスラーはいない)との最大級の賛辞が贈られており、「2025年の最大の注目選手」という理由から年が明けるのを待った可能性は十分に考えられる。

小学生の頃から世界トップ選手への憧れを持っていた小野正之助

 昨年の世界選手権では、初戦で2021年東京オリンピック王者のザウール・ウグエフ(AIN=ロシア)を圧倒し、2023年世界チャンピオンのビタリ・アラジャウ(米国)にも快勝したが、大会の1ヶ月前に足首を骨折し、まったく練習がでない状況で臨んだ裏話が披露された。それ以上に読者の関心を引くのが、小野が小学生の頃から両親とともに外国での世界選手権へ行き、スター選手に強い憧れをもっていた話だろう。

 11歳の2015年に米国・ラスベガスで行われた世界選手権では、選手と同じホテルに泊ったこともあり、選手レスストランなどで有名選手を待ち伏せし、ジョーダン・バローズ(米国=74kg級で7度の世界一)やハジ・アリエフ(アゼルバイジャン=61kg級で3度の世界一)からサインをゲット。バローズは数時間後に決勝を控えているときだったので、父・正治さんは「それがバローズのサインだとは信じなかった」と言う。

 そこでスマホを渡して“証拠をリクエスト”したところ、バローズの部屋へ行って2ショット写真を撮ってきたという。数時間後、バローズは4度目の世界一に輝いたというから、求める小野も、応じたバローズも、同じような“大物”と言えるだろう。

▲【左写真】2014年、地元世界選手権での決勝戦を数時間後に控えたジョーダン・バローズと記念撮影。【右写真】2018年世界選手権ではロシアの強豪、アブデュラシド・サデュラエフと撮影=ともに父・正治さん提供。もう一人の子は妹・小野こなみ選手(現日体大桜華高校)

 その世界選手権の57kg級に出場した高橋侑希(現山梨学院大コーチ=当時ALSOK)も、ホテルを走り回っている小野の姿を見ており、「外国まで試合を見に来る小学生を見たのは初めてです。直接話した覚えはありませんが、笑顔で走り回る彼を見て、とても幸せを感じたのを覚えています」とのコメントが紹介されている(自分が指導するようになるとは思っていなかっただろう)。

 2018年世界選手権(ハンガリー)でも、カイル・スナイダー(米国=2016年リオデジャネイロ王者)やハッサン・ヤズダニ(イラン=同)らのサインを入手。57kg級で優勝したウグエフからもサインをもらっており、正治さんは「まさか世界選手権で闘うことになるとは…」と振り返る。さかのぼること2012年には、初めて全日本王者に輝いた文田健一郎を体育館の外で見つけて駆け寄り、サインをもらって記念撮影もリクエストしたそうだ。

 20歳で世界の頂点に輝いた裏には、小野の肉体の強さとレスリング・センスがあったからだろうが、世界トップ選手への憧れが大きなモチベーションだったことが推測される。

「正之助」の由来は、松江市に伝わる伝統の醤油「政之助」

 父(剣道経験者)は松江市で一世紀にわたって醤油を造りつづけてきた平野醤油の経営者の一人。小野の名前は、目玉商品である甘露醤油「政之助」から来ているとの話もホームページ上で披露されている。小野がオリンピック代表になれば多くの取材で明らかにされる話だが、現段階では日本のどのメディアも知らないことまで取材するのだから、クマール・ビネイ記者の目には小野の強さがよほど印象に残ったのだろう。

 ただ、なぜ「正之助」であって、「政之助」でないかは、日本語に堪能な外国人でなければ疑問に思うことはあるまい。平野醤油の創業者が平野政之助で、現在の代表が平野政雄(正之助選手の祖父)。正之助選手の父が小野正治。伝統の看板商品に、父が自らの名前の1字を授けての名前だ。

▲2018年世界選手権を観戦したハンガリー・ブダペストで。家族で世界のレスリングに関心を持っていた=父・正治さん提供

 世界一に輝いたあと、マット上で披露したコナー・マクレガー(世界最大の総合格闘技イベントのUFC史上3人目の世界2階級制覇)を真似た歩き方(マクレガー・ウォーク=最下段のインスタにも収録)は、SNSを通じてあっという間に世界のレスリング界に広まったそうで、こうしたパフォーマンスとアピール力も小野が注目された要因か。

 UWWの2024年「レスラー・オブ・ザ・ライジング・スター」(最優秀新星)の男子フリースタイル部門に選出された小野は、ペンシルベニア州立大の招きで渡米し、3月末まで米国選手を相手に実力を養成する。ジョーダン・バローズのアカデミーにも招待されたという。満員の観客で埋まるNCAA(全米大学)のレスリングに接し、観客の沸かせ方のスキルやノウハウも身につけて帰国することが予想される。

 12月の天皇杯全日本選手権は負傷で棄権したため3月のアジア選手権(ヨルダン)には出場できない。次の国際舞台での闘いがいつになるかは未定だが、世界はMasanosuke ONOを待っている-。

 
 
 
 
 
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