※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
中大の選手として、2010年の中井伸一(74kg級)以来、14年ぶりに全日本大学グレコローマン選手権を制した石原三四郎(4年)は、優勝が決まったあとガッツポーズ。そのあとマット中央に座り込み、天を見上げて手を合わせた。埼玉・埼玉栄高時代を通じて初の全国優勝で、その喜びか?
いや、その先にいたのは、4年前に亡くなった4歳上の兄の姿だ。先天性の障害があり若くして天国へ旅立った。そのときは、とても落ち込んだという石原だが、「天国の兄に自分が頑張っている姿を届けるのが自分の使命」と思い、中大でレスリングを続けた。「日々のつらい練習を乗り越えられたのは、兄のおかげだと思っています。最初に天国の兄に報告したかった」と、しみじみと振り返った。
中大へ進んだあと、兄へ「優勝」の朗報を届けたかったが、その思いはなかなか実現できなかった。3位まではいくが、それより上には行けず、3年生の東日本学生選手権(春季)でやっと決勝進出を果たしたが結果は2位。そのまま最終学年を迎えた。
「1年、2年上の選手の壁にはね返されていました」。入学前の伸び盛りのとき(2020年=高校3年生)、コロナのため部の活動停止や、大会が軒並み中止の状況に遭遇(かろうじて全国高校選抜大会が半年遅れで開催)。だれもが同じ条件とはいえ、進学後、すでに大学レスリングを経験していた上級生を上回ることは厳しかった。
最上級生になっても、同年代に強い選手が現れ、下級生からも強豪が出てくる。勝負の世界は厳しい。今夏の全日本学生選手権(インカレ)は、5月の全日本選抜選手権で勝っていた同期の小野健作(日体大)に準決勝で敗れ、優勝はならなかった。
残された学生の全国大会は今回だけ。心がけたことが「相手がどうではなく、自分が何をしたいか」を考えて臨むこと。これが精神の安定につながり、決勝でも自分のレスリングを崩さずに闘えた要因だという。
決勝の相手の菊田創(青山学院大)は埼玉栄高校時代の2年下の後輩。当時から光るものがあり、青学大へ進んでからも2年連続でU20世界選手権に出場している。
同じ階級だったにもかかわらず、ここまで対戦の機会はなかったが、やはり「(存在を)意識していましたね」と言う。決勝で闘うことになって緊張したそうだが、「自分のペース、スタイルを崩すことなくできたので、よかったです」と、9-1のテクニカルスペリオリティで勝った試合を振り返った。
自分のスタイルとは、スタンドで押して、押して、追い込み、リフトなどの大技ではなく、ローリングでポイントを加えること。極めをしっかりし、相手が来ると分かっていてもかかるローリングの習得を意識して練習してきた。「それが出せて、本当にうれしいです」と喜びを表した。
今年の中大は強豪新人が多く入り、今春の東日本学生リーグ戦で4位に進出するなど躍進が目覚ましい。そのチームをけん引する主将として、後輩に背中を見せなければならない意地のほか、グレコローマン専門の選手が少ないので、「グレコローマンは自分が引っ張っていかなければならない、という思いも強かった」と言う。
「どんな環境下でも強くなれることを証明できたと思う」と話し、来年以降、フリースタイルだけではなく、グレコローマンでの飛躍にも期待した。
もっとも、この優勝が完全に満足のいく優勝かというと、そうではない。インカレで敗れ、リベンジすべき小野健作(前述)がU23世界選手権出場のため不在。同決勝で小野を破って王者に輝いた本名一晟(育英大)も負傷で出ていなかった。優勝の価値が変わるわけではないが、物足りなさは残った。
真の王者を証明する機会となる12月の天皇杯全日本選手権は、選手としてのの引退試合でもある。来春から、母校となる中央大学の大学職員となることが決まっており、仕事に専念するからだ。それだけに、小野らとの対戦があるなしにかかわらず優勝して有終の美を飾りたいところ。全日本選抜選手権は2位だったので、狙える位置にいることは間違いない。
中大の選手としては、OBの天野雅之(大学職員)が2020年大会で優勝し、今年の全日本選抜選手権でも勝っているが、学生選手の日本一は1981年の竹中徹(グレコローマン100kg以上級)までさかのぼる。最後まで後輩に闘う姿を見せ、古豪復活の起爆剤を目指す。