※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
【ポレチュ(クロアチア)】天国へ旅立った恩師の思いを胸に、2024年世界ベテランズ選手権に初出場したDivision A88kg級の奈良部嘉明(筑西広域消防本部)が、3位決定戦でトルコ選手を破って銅メダルを獲得。勝利のあと涙ぐみ、持ってきたタオルをマットの中央にしいて顔を近づけ、恩師への感謝の気持ちを表した。試合後は、「素直にうれしい、最低でもメダルは持って帰りたかった。最低限度の結果は出せたと思いました」と振り返った。
2019年までは全日本選手権に出場を続けた。コロナ禍で空いたあと、昨年、全国社会人オープン選手権で3位に入賞し、4年ぶりに全日本選手権へ出場した。今年の全日本マスターズ選手権優勝を経て、世界ベテランズ選手権への出場を決意したのは、「子供に闘う姿を見せたい」という気持ちもさることながら、茨城・霞ヶ浦高時代の恩師・大澤友博監督の容体が思わしくなく、いつ逝かれてもおかしくない状況を聞いていたからだ。
山梨学院大へ進んでオリンピック出場を目指し、それはかなわなかったが、自分を育ててくれた恩師への感謝の気持ちは持ち続けていた。「オリンピックとかの大きな大会は出られなかったけれど、出られる大会に出て恩返ししたいな、と思いました。その気持ちからの出場決意です」。
質問から、その答が出てくるのに約15秒かかった。こみあげてくるものを押さえ、沈黙が続いた。かろうじて話したものの、声は震え、目は真っ赤だった。
恩師は先月12日に死去。世界のメダル獲得の報告はできなかったが、「天国から見ていると思います。『いい選手を育てたな』と少しでも思ってくれれば、それでいいです。少しでも恩返しできたなか、と思います」と言う。試合後にマットにしいたタオルは、大澤監督の霞ヶ浦高校の退官記念のタオル。銅メダル獲得を決め、「大澤先生にこの姿を見せたかった」と、真っ先に思い出したのが恩師だった。
コロナ禍のあとレスリング活動を再開。30代後半になっても全日本選手権に出場し、レスリングへの思いを持ち続けることも、立派な恩返しだろう。「まだ出ているのか、って笑っていたかもしれませんね。実力が足りずに世界で闘う機会がなかったのですが、ジャンルが違う大会であっても、世界へ挑戦しているところは見せたいと思いました」と、あくなき挑戦で感謝の気持ちを伝えたかった。
職業は消防士で、火事の現場にも向かう大変な仕事。レスリングの練習は、母校や土浦日大高校で週1回程度。仕事明けの疲れた体で参加するのは肉体的に厳しいし、選手にも失礼。休みの日に体力を万全にして参加している。試合後のパフォーマンスは、一瞬、引退の儀式かと思わせたが、「いえいえ、どういう形か分からないけど、まだまだ続けます」と笑った。
今回は、負けた準決勝のロシア(AIN)戦が納得いかなかった。闘い方次第では十分に勝てた試合だったので、「また世界ベテランズ選手権に出て、今度こそ優勝を目指したい。来年、また出られれば頑張ります」と話した。
高校レスリング界に不滅の金字塔を打ち立てた大澤友博監督の魂は、世界ベテランズ選手権の舞台でも熱く燃えている。