※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
ロシアの軍事侵攻が続き、自国で思うように練習できないウクライナの女子チームに至学館大(愛知県大府市)が練習場所を提供。6月20日から選手12人、コーチングスタッフ5人が同大学で合宿している。ウクライナ女子は昨年の世界選手権(セルビア)で「銀1・銅2」を獲得。12月のワールドカップ(米国)では優勝している強豪チーム。
選手の中には、2014年63kg級世界チャンピオンで今年の欧州選手権59kg級2位のユリア・トカチ、2021年東京オリンピック50kg級5位のオクサナ・リバチ、同62kg級3位で今年の欧州チャンピオンのイリナ・コリアデンコらがいて、9月の世界選手権でも上位入賞が期待される選手がずらりと顔をそろえた。
日本協会の副会長を務める谷岡郁子学長が、昨年9月の世界選手権や12月のワールドカップで同国と接点を持ち、支援を申し出て実現した。日本までの航空運賃はウクライナの支出だが、合宿所での寝泊まり(コーチは市内のホテル)や食事は大学、レスリング部、大府市の支援者が支出し、7月1日まで続けられる。
谷岡学長は、受け入れについて「ウクライナが戦渦に巻き込まれてから、彼女たちは練習環境を確保するため、各国を転々とする生活を続けています。短い期間ではありますが、彼女たちが少しでも練習に打ち込み、くつろいだりする時間を作ることができればと思い、至学館での受け入れを行いました」と説明。
チームの中には、戦禍によって家を失った人や、子どもや家族が今もウクライナの危険な状況の中で過ごす人たちも少なくないことを指摘し、「大学では、学生たちが選手らの実情に生で触れ、こうした現実に当事者としての意識をもってもらえればと考えています」と話した。
滞在中は、朝と夕方の練習参加のほか、大府市や至学館大学附属幼稚園との交流会もあり、戦争で苦しい環境に置かれている同国チームを励ます企画も満載。25日の大府市との交流イベントには、同大学OGの吉田沙保里さんも参加し、ウクライナ・チームを応援した。同市にはウクライナからの避難民もいて、市営住宅の無償提供の支援を行っている。
首都キーウは侵攻直後の窮状からは脱したものの、ウォロディミル・エボノフ監督は「今でも、いつミサイルが飛んでくるか分からない。満足に練習できない」と状況を説明する。そのため、チームは近隣国のほか、昨年のワールドカップ前には米国が練習場所を提供してくるなど、外国で練習することが多く、日本が9ヶ国目の支援国だという。日本合宿の後はハンガリーが受け入れ、9月の世界選手権を目指す。
来年のパリ・オリンピックについては、国際オリンピック委員会(IOC)がロシアとベラルーシの出場を認めるなら、ウクライナは全競技で不参加を表明している。同監督も「ロシアとベラルーシ次第。出場できるかどうか分からない」と話した。
同大学の栄和人監督は、1983年に初めて世界選手権に出場して4位に入賞した場所が当時ソ連のキーウ。思い出の地が戦禍に見舞われている状況は心苦しい限り。「短い期間だが、平和な日本で存分に練習し、しっかり実力をつけてほしい」とエールを送るとともに、大学選手には「世界トップ選手と練習できる貴重な機会」と、積極的な練習を要望した。
今春の卒業後も同所で練習し、明治杯全日本選抜選手権59kg級で優勝した永本聖奈(アイシン)は「同じ練習相手ばかりだと、どうしてもマンネリな練習になってしまいます。こうして外国選手と練習することで、新鮮な気持ちでできます。チームの士気も上がります」と話し、ウクライナを助けるほか、自分たちの実力アップを目指せるとあって歓迎の様子。明治杯の疲れが「ない」といえばうそになるだろうが、世界選手権の代表を目指してプレーオフに臨む立場。疲労を超越するメリットがあることは間違いない。
すでにU23世界選手権出場が決まっているので、「日本選手にはない力強さや動きがある。多くのことを吸収したい」と、対外国選手の闘いを見据えて汗を流していた。