※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
80kg級の石坂陽典が貴重な3勝目を挙げたあと、日体大柏(千葉)のベンチからは、だれからともなく、すすり泣きがおき、いつしか陣営内に充満した。チームスコアは3-3だが、125kg級は実力差が明白なため、その時点で優勝を確信した涙。
日体大柏が、2月初めの関東予選決勝で2-5で敗れた自由ヶ丘学園(東京)にリベンジを果たし、王座を守った。森下史崇監督は、試合後に、選手のすすり泣く声を聞いて自らも崩れそうになったことを打ち明けた。だが、勝利が確定する前に、指揮官が泣くわけにはいかない。
「こらえましたけどね」。伝統の力、と呼ぶには、歴史が浅すぎる。この2ヶ月、何がチームを支えたのだろうか。
そのひとつが、55kg級へアップした片岡大河が、不在だった51kg級への出場を申し出たことだった。昨年夏までは51kg級で闘い、U17世界選手権にも出場した選手。55kg級へアップして関東予選に臨み、優勝はならなかったが個人戦での全国大会への出場権は得た。
筋力アップして55kg級の体にしなければならない時期。お家の重大事に、もう一度51kg級での出場を決意。森下監督に申し出た。同監督は「大丈夫なのか」という不安な気持ちを感じるとともに、やる気が伝わって来たと振り返る。
パワーアップした選手の体重を落とせば、当然、体力は落ちる。だが、元々体力のある選手ということに加え、個人戦は55kg級への出場なので、2日目の計量が終わればしっかり食べて体重を戻せる状況でもある。選手の熱意を取った。
結果は、初戦の2回戦から決勝まで、不戦勝1試合をはさんですべてテクニカルフォール勝ち。“先鋒”がこれなら、チームは盛り上がる。
関東予選での屈辱をばねにしたのは、65kg級の古市一翔だ。同予選決勝では、八隅士和を相手にリードしながら、ラスト30秒で逆転負けを喫し、流れを自由ヶ丘学園にもっていかれた悔しい経験をしている。その古市が、準々決勝では仁木武流(埼玉・花咲徳栄)に0-7から盛り返して逆転勝ちし、準決勝では前田太晟(佐賀・鳥栖工)にラスト13秒の逆転劇を演じた。
スコアからして、花咲徳栄戦はともかく、鳥栖工との一戦はそこを落としていたらチームの勝利はなかった。
逆に、決勝で貴重な白星を挙げた60kg級の小岩皆人は、今大会の準々決勝、準決勝と敗れてしまい、チームの勝利に貢献できなかった悔しさを決勝でぶつけた。昨年の55kg級インターハイ王者の坂本輪を相手に、ラスト19秒の逆転勝利。やはり結果論になるが、ここを落としていたら、日体大柏の優勝はなかった。
終了のホイッスルを聞くまで勝敗の行方が分からない激戦を何試合か制しての優勝。「優勝を目指してチーム一丸となってやってきた。苦しい状況の中で選手はよくやってくれました」と話した森下監督は、前記の3選手の踏ん張りもさることながら、主将としてチームまとめてくれた125kg級の金澤空大に「ありがとう、と言いたい」と強調。あえて自由ヶ丘学園に出げいこへ行くなどの練習が実ったこの2ヶ月間を感慨深そうに振り返った。
インターハイへ向けては、片岡も55kg級での身体づくりに力が入り、51kg級へ落とすことはないだろう。その穴をどう埋めるかが課題。このままの戦力では1勝足りないことになり、新入生の突き上げによってチーム力を高めることが必要。同監督は「他のチームも戦力アップしてくると思う」と話し、気が抜けない状況が続くことを覚悟する。
それでも、終了間際の逆転劇が光った今回の優勝は大きな自信。「攻めて攻め抜いて勝つことができたこの闘いを忘れずに頑張りたい」と話し、昨年に続く春夏連覇を見据えた。「伝統は、まだありません。これからつくっていくんです」という言葉が、力強く響いた。