※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
新型コロナウィルス感染防止のための規制も徐々に解除され、日常が戻りつつある昨今。キッズ教室では選手の躍動感があふれ、大会で保護者の熱烈な声援が飛び交うシーンが見られるようになった。一方、コンタクトスポーツゆえにレスリングを去り、「他の競技へ移って、戻って来ない選手も少なくない」という声もある。
あらためて選手を集め、将来へつながる努力が必要なときだ。横浜市レスリング協会(河原壮介会長)は3月19日、横浜市の釜利谷高校体育館で、磯工ベアーズ(菅原和哉代表)と神奈川県レスリング協会(粟田敦会長)の協力のもと、幼稚園選手と小学校1・2年生選手を対象とした第2回「YOKOHAMA CUP」を開催。個人戦と団体戦を合わせて、最大7試合できる大会を開催した。
《試合結果》
※団体戦階級:幼年18~22kg/幼年・小1・2年20~24kg/小1・2年22~26kg/同24~28kg/同28~34kg
午前中は体育館内にあるレスリング場で、県内の小学校3年生から高校生までの合同練習会を開催。一貫強化も実施し、活気を取り戻すべく努力をしている。
第1回大会は2019年に開催し、そのときは小学校6年生までの大会だった。その後、コロナ禍で開催できず、4年ぶりの復活。大会を運営した磯子ベアーズの菅原代表は、小学校2年生までの大会に変更し、団体戦を実施した理由として、まず全国大会でも幼稚園選手や小学校低学年選手の試合が行われなくなり、その世代の選手に試合の機会を与えるためと説明。さらに「この年代の選手がレスリングを続けてくれるため」とつけ加える。
以前とは比べものにならないほどメディアに取り上げられるレスリングだけに、本人というより親が興味を持ってくれ、キッズ教室を訪問してくれる親子は多いが、全員が上級生になるまで続けるわけではない。「やめていく選手も多い」という現実もある。
多くの選択肢の中からどのスポーツに打ち込むかは、その子次第だが、続けてもらうための努力は、レスリング教室の代表に求められること。菅原代表は、そのひとつが「団体戦ではないか」と考えている。「チームの一員なんだ、という意識が芽生えてくれることで、みんなと一緒に頑張っていこう、という気持ちになってくれると思うのです」と話す。
試合数を多くこなせるメリットもある。今大会の団体戦は6チーム総当たりで、最大5試合。2人の登録選手を交互に起用しても2~3試合はできる。個人戦は必ず2試合できるシステムなので、合わせれば1日で4~7試合をこなせる大会。最初の試合に負けても、気を取り直してすぐに試合をすることができ、これも「選手のモチベーションにつながるはず」と思っている。
大会に参加し、トーナメントの1回戦で負けて、あとはチームメートの応援…。これで、果たしてレスリングを続ける気持ちになるものだろうか。「負けて悔しい思いをしたくなければ、しっかり練習しろ」という姿勢も大事だが、低年齢の子には試合の楽しさを教えることが必要なはず。「努力の先に栄光がある」と教えるのは、年齢的にまだ早いのではないか。
サッカー評論家のセルジオ越後氏は「ブラジルでは、サッカーは遊び(の試合)で始めます。日本はまず練習」と、両国のスポーツに対する違いを述べている。スポーツの習慣や環境、国の文化・風習、国民性などが違うので、どちらが「正しい」ということはないが、日本でも「試合からスタート」という発想があってもいい。
選手にモチベーションを与えるための工夫は、個人戦でも見られる。エントリーに応じて3選手または4選手ごとに階級分けをし、3選手の階級はリーグ戦で行い、4選手の階級は、1回戦で勝った選手同士が決勝を争い、負けた選手同士が「参考試合」をすることになっている。つまり、どの選手も2試合はこなす。
「3位決定戦」にしないのは、それだと4位の選手が出てしまい、メダルを授与できないからだ。「あくまでも2選手が3位。2人にメダルを渡します。メダルをもらうことで、次に頑張る気持ちを持ってほしい」と、選手の奮起を促す願いからの試合方式だ。
菅原代表は「私の思いつき、という面もあるんですけどね」と、確固たる根拠や信念に基づいたものではないと言うが、やってみないことには、新たなものは生まれない。どの世界でも、新しいことをやろうとすると、反対の声があがり、ときに批判も出てくるが、「反対や批判はあっても、新しいことをやらないと進歩はない」と同代表。後述の小中学生へのグレコローマン指導もそうだが、従来のやり方や考えにとらわれず、いろんなことを試みる姿勢を持っている。
今大会の会場にはかなりの熱気があり、小学2年生までに絞って団体戦を取り入れたことを歓迎する声も多かったと言う。この方式の大会を「続けていきたいです」と話す。
神奈川県協会の粟田敦会長も「団体戦がこんなに盛り上がるとは思わなかったです」と、個人戦にはない熱狂に驚きの表情。「ぜひ続けてほしいです。この大会は横浜市レスリング協会の主催ですが、県協会でキッズ選手の団体戦の大会を企画してみたい」との気持ちにもなったそうだ。
体力づくりを目的としたキッズ教室もいいが、「やはり試合ですよ。試合が楽しいと思えれば、続ける気持ちになり、それが体力づくりになると思います」と話す。
神奈川県のレスリングは、高校レスリングの初期(1950年)から存在し、1957年には法政二高がインターハイ学校対抗戦で優勝し、個人優勝選手も数選手が誕生して全国トップレベルだった。1960年ローマ・オリンピックに平田孝が出場し、1965年世界選手権には吉田嘉久(現横浜市レスリング協会副会長)が世界王者に輝いた。
その後、1972年ミュンヘン大会に梅田昭彦、1996年アトランタ大会に三宅靖志が出場し、2000年シドニー大会から2008年北京大会に3大会連続で笹本睦(現全日本チーム・コーチ)が出場している。以後、オリンピック選手は生まれておらず、再浮上を目指している段階。
レスリング部のある中学がひとつもないのは痛いが、県内には12のキッズクラブがあり、中学生も指導。昨年11月の東京都知事杯全国中学選抜選手権では、NEXUS TEAM YOKOSUKA(勝目力也代表)が男女で4階級を制覇し、銀メダル2個も獲得するなど、小中一貫クラブのモデルケールとなって、上昇の兆しがある。
高校の合同練習会は、県協会の事業として月3回くらいの頻度で行っており、この日は小学校3年生以上の選手も参加しての一貫強化の合同練習だった。U15世代のグレコローマン導入の流れに合わせ(関連記事)、小学校4年生から中学生選手を対象にしたグレコローマンの練習会も開催。ここには女子も参加させ。グレコローマンの技術を学ばせているそうだ。「今年度だけで9回やりました。笹本コーチに来てもらって指導も受けています」(菅原代表)と、時代を先取りした活動も行っている。
1995年から毎年4月にJOCジュニアオリンピック開催を続けている県協会の一体感は特筆もの。横浜市、横須賀市、逗子市などでは市の支援があり、レスリング文化はしっかり根づいている。土壌は十分なだけに、一貫強化の確立と関係者の情熱の結集があれば、日本レスリングのトップレベルへ躍進することは不可能ではない。飛躍が期待できる神奈川県レスリングだ。