※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治)
今年8月にブルガリア・ソフィアで行われたU20世界選手権・女子50㎏級を制した伊藤海(早大)が、2022年全日本選手権に挑む。U20世界の優勝には裏話がある。その2ヶ月前の明治杯全日本選抜選手権で外側断裂と後十字損傷という二つの大けがを負ってしまい、ドクターから「マット練習の復帰は3ヶ月後」という診断を受けていたという。
「U20世界選手権は8月だったので、それまで2ヶ月しかない。リハビリに取り組み、大会前は打ち込みしかできない感じでマットに上がりました。国内よりレベルは高くないとはいえ、ああいう状況で優勝したことは自信につながりました」
今大会で伊藤の前に立ちはだかる強敵は何名もいる。ひとりは昨年の世界選手権(ノルウェー)で優勝している吉元玲美那(至学館大)。高校3年生で初出場した2020年大会の決勝で激突したが、足にすら触らせてもらえず、テクニカルフォール負けを喫した。
吉元とは昨年の決勝で再戦。このときは1-2の僅差で敗れた。「このときは相手の足に触れてはいるんですけど、全部カウンターで合わされてしまった」
続いて今年6月の明治杯全日本選抜選手権で3度目の対決に挑んだが、試合中のけがで負傷棄権せざるをえなかった。伊藤は「途中まで自分のタックルでポイントを取れたりしていたのに…」と悔しがる。「手応えはけっこう感じました。まだ一回も勝っていないけど、吉元選手にはだいぶ近づいていると思う」
須﨑優衣(キッツ)に三度も土をつけている田中ゆき(旧姓入江=佐賀県スポーツ協会)は、結婚し田中姓で初めて全日本選手権に出場する。公式戦での対戦は一度もないが、伊藤は田中の存在もマークする。「東京オリンピックの出場権を最後まで須﨑さんと争った人ですから」
吉元や田中だけではない。この階級には2人以上の強敵がいる。東京オリンピック金メダリストで、今大会も優勝候補の最右翼に挙げられる須﨑だ。大学の先輩でもある須﨑とは、2019年大会の準々決勝で闘っている。「あのときはがぶり返しを受けてしまい、グラウンドを返されテクニカルフォールで負けてしまった。前半はポイントを取ったのですが、後半になって実力差を見せつけられました」
それ以来、対戦の機会はなかったが、伊藤は「須﨑選手に勝たないと、オリンピックは見えてこない」ととらえている。「周りの人たちは須﨑選手と私がやれば、須﨑選手が勝つと予想しているでしょう。そういう状況の中で、すべての力を出し切って勝てるかどうか…。(須﨑選手との一戦が実現するなら)自分がやるべきことをしっかり考えて挑みたい」
伊藤は地元大阪で幼少期からレスリングを始めている。「小学2年から中学卒業までは関大付属に通って、勉強も頑張っていました」
小学5年生からは網野レスリング「丹心」所属となった。その後は中学卒業まで週末、あるいはまとまった休みがあると網野に足繁く通う日々を送る。「兄(6歳上の駿さん)が網野高校でレスリングをやっていたので、その関係でしょっちゅう網野に行っていました」
兄の背中を追うように伊藤も網野高校へ。選手としてのベースが8年に渡り吉岡治監督と正田絢子コーチの指導によってたたき込まれた網野のレスリングであることは確かだ。
「どんなときでも攻める。それが網野のレスリング。今回も、勝っても負けても最後まで攻め続ける網野スタイルを貫きたい」
早大での練習は週6回、ときには週7回やりながら、勉強の方もおろそかにせず、社会科学部で社会調査法や韓国語などを学ぶ。
「今までの環境とは違い、大学では自分で『どんなところが足りないのか』を考えながらレスリングをするようになっている。楽しく成長できていると思います」
シニアの大会で痛感したフィジカル面の強化も抜かりはない。文武両道を突き進むU20世界チャンピオンは、4度目の全日本選手権でどんな活躍を魅せてくれるのか。