※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=ジャーナリスト・粟野仁雄)
97kg級決勝は、1年生であり10月の国体を制した吉田アラシ(日大)が昨年の全日本選手権3位の山﨑祥平(早大)に圧勝して優勝した。第1ピリオドを4-0とリードした吉田は、第2ピリオドも着実に加点した後、残り約1分でタックルから押し出すなどして山﨑につけ入る余地を見せず、最後は10-0のテクニカルフォール勝ち。
途中、山﨑にがぶられて背中にまとわりつかれた際も、そのまま立ち上がって振り落とすなど、強い体幹や背筋力を感じさせた。
勝利のマットを降りるや、指導してくれた金浜良コーチ(サントリービバレッジソリューション監督)らの指導陣が早速、「おめでとう」と握手しにやって来た。「多くの関係者が応援に来てくださった中で勝ててうれしい」と、体から湯気を立てながら吉田は相好を崩した。
全国少年少女選手権5度優勝。中学ではやや停滞したが、埼玉・花咲徳栄高校に進み、3年の時の全国高校生グレコローマン選手権とインターハイで優勝。この春日大に進み、全日本学生選手権92kg級2位を経て、国体97kg級では社会人の強豪2選手を破って優勝するなど、急速に力をつけている。
イラン人の父のエスファンジャーニ・ジャボさんはレスリング選手だった。四男のアラシは、一足先にレスリングを始めていた次男のケイワン(昨年の学生二冠王者、全日本選手権97kg級2位)の後を追うように、3歳からレスリングを父に習った。
「アラシ」という名前は。イランの「アラーシュ」という男性の名を日本語らしい音にしたそうだが、「嵐」を想起する期待感に富む名だ。
吉田は「2回戦の白井戦がきつかった」と振り返った。U23世界選手権86kg級を制した白井達也(日体大)は全日本学生選手権決勝で敗れた相手。今回は前に出るパワーで白井のスタミナを奪い、攻撃を許さずに5-0で乗り切った。準々決勝と準決勝も圧勝。
終わってみれば、1回戦から決勝までの全5試合で、失点は準々決勝で喫した1点のみ。この試合はフォール勝ちしており、総スコアは45-1。鉄壁の防御が光った。「以前はまっすぐ前に出るだけでしたが、横へ振ったり落としたりすることも少しやれるようになったかな」と振り返る。
日大の齊藤将士コーチ(警視庁)は「腕を差して前に出る形が非常に安定してきた。3月に両ひざを手術したが、8月のインカレではしっかり復帰してくれた。淡々とマイペースで取り組むタイプですが、地道な体力トレーニングも生きています。十分にパリ・オリンピックを狙える素材。絶対にチャレンジさせたい」と期待も大きい。
本人は「パリ・オリンピックに出られたらいいですけど…」と遠慮がちな語りだが、夢の大舞台は確実に視野に入ってきている。まずは予選の第一歩なる12月の天皇杯全日本選手権となるが、ライバルは多い。
まず、花咲徳栄高~日大で吉田の先輩にあたり、5月の明治杯全日本選抜選手権を制して世界選手権へ出場した石黒峻士(新日本プロレス職)。全日本選手権2位の兄・ケイワンも同じ階級だ。国体で敗れた選手もリベンジを狙ってくるはず。今大会の125kg級で優勝し、大会MVPに輝いた伊藤飛未来(日体大)も本来は97kg級の選手。グレコローマンの学生王者でもあるが、本人は「フリーの方が好きです」と言うから、全日本選手権で敵となる可能性は大きい。
吉田は、石黒や兄と日大で一緒に練習しながらアドバイスをもらう恵まれた環境にいる毎日だ。「本当に有意義なアドバイスをもらっています」と話すが、「花の都」のひのき舞台に立つには、その先輩と兄を倒さなくてはならない。
マットを降りると、人のよさそうな笑みを浮かべることの多い吉田。遠慮することのない闘いで“身内”を倒し、オリンピック代表を目指して「嵐を呼ぶ男」になることができるか。