※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治)
「前回(2014年)、初めて出場したときはおこぼれみたいな感じだったので、自分の力で出る世界選手権は今回が初めて、という感じです」
男子フリースタイル74㎏級の高谷大地(自衛隊)は2度目の世界選手権(9月10~18日、セルビア)に強い意欲を示す。65kg級で出場した2014年世界選手権(ウズベキスタン)は、アジア大会との開催日程が近かったこともあり、2大会に別の選手を派遣することになった。前年の天皇杯全日本選手権3位、同年の明治杯全日本選抜選手権2位だった高谷にもチャンスが巡ってきた。
74kg級へ上げたあとの2020年と22年のアジア選手権で銅メダルを獲得している自信からか、高谷の口からはこんな言葉も飛び出した。「アジア選手権での自分の出来を見て、世界選手権では優勝を狙ってもいいかなと思います。(少なくとも)何かしらのメダルは持って帰りたい」
確かに、いずれのアジア選手権でも準決勝で優勝した選手に肉薄している。「あそこまでできたことは、74㎏級の体もだいぶ出来上がっていること。世界でも自分のレスリングは通用するという確信が芽生えました」
高谷が口にする自分のレスリング、それは地元京都の網野高(現・丹後緑風高)で作り上げたタックルをベースとするスタイルだ。
「野球に例えると、球速150~160㎞のストレートをど真ん中に投げ込む感じです。この前、網野に帰省したとき(今年のインターハイで優勝した)細川周選手と練習したけど、彼のタックルは自分のそれと瓜二つだった。『網野のタックルは伝承されているんだなぁ』と、あらためて思いました。
今回の世界選手権では、昨年の世界王者カイル・デイクとの初対決を希望する。「2018年のワールドカップで兄貴(オリンピック3回連続出場の高谷惣亮)がデイクと闘ったとき、ぶん投げられて終わっている。兄の敵討ちですね」
東京オリンピックまでの2年間はオリンピック出場を目指す兄のトレーニングパートナーとして縁の下の力持ちに徹した。
「高谷惣亮の弟というプライドもありました。ただ、兄を倒すつもりで練習していたことも確か。プラス、兄の練習相手にならないといけないので、手を抜いたりすると自分も強くなれない」
コロナ禍の中、兄と二人三脚の練習を繰り返しているうちに、高谷は自分の実力が伸びていることを肌で感じた。
「練習がヒートアップしすぎて、兄貴がマットをぶん殴っていたこともありました。自分も、何かをきっかけに気持ちがパツーンと切れた感触がありました。そのとき、『自分もいつのまにかここまでできるようになったんだ』という驚きも感じました」
2019年の途中までの高谷は65㎏級を主戦場にしていたが、減量に苦しんだ。
「65㎏級で闘っているときはずっと食事制限をしていたので、日々体重のことが頭から離れなかった。この階級の最後は大学の後輩にも負けていたので、自分でも『精神的にやばい』と思い始めた。その矢先に兄から『上げた方がいい』という進言を受けました」
74㎏級での減量は微調整で済むので、大きなストレスになることはない。「以前はマックスで12㎏も落としていました。いまは試合前でも、きちんと食事もとれるし、数日前からの準備で落ちるレベル」
“高谷惣亮の弟”というレッテルは一生ついて回るが、そこだけにこだわろうとは思わない。「確かに“ウチの兄ちゃんはすごいだろ”という気持ちが強い時代もあったけど、レスリングを突き詰めていくうちに、『僕はこの人にはなれない』ということが分かった。今回は自分で何か行動を起こして結果を出したい」
ベオグラードの地で、高谷はどんな「個」を魅せてくれるのか。