※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
7月下旬にイタリア・ローマで行われた2022年U17世界選手権の男子グレコローマン65kg級で、ジョエル・アダムズ(米国)が優勝。この世代(旧カデット)の米国の男子グレコローマンで5年ぶりの世界王者に輝いた。5試合のスコアが36-0(テクニカルフォール2試合)という圧倒的な差をつけての優勝だった。
米国レスリング協会は、毎週選出している「アスリート・オブ・ザ・ウィーク」(週間MVP)の8月5日選出選手にアダムズを選んだ。「無失点の優勝を評価した」と説明している。
アダムスの母・あけみさんは、東京都足立区生まれの日本人。そのせいか、アダムズは日本のレスリングへの関心も高く、2018年4月に米国アイオワで行われた男子フリースタイルのワールドカップで高橋侑希選手(現山梨学院大職)や乙黒拓斗・圭祐選手(ともに現自衛隊)と対面。高橋選手からTシャツをもらい、乙黒兄弟とは記念撮影をしてもらったという。
東京オリンピックの期間中、外国人の来日は禁止されていたが、日本のパスポートを持っていたことが幸いし、母の帰国に合わせて来日。米国選手のみならず、日本選手を応援するつもりだったという。しかし、無観客開催となって断念。都内の「ゴールドキッズ」などで練習して帰国した。
今年は、6月のパンアメリカン選手権(アルゼンチン)の両スタイルで優勝。米国選手には珍しく、両スタイルに挑んでいる選手だ。「夢はフリースタイルとグレコローマンの両スタイルでオリンピック・チャンピオンになること」ときっぱり。母からは「目標は大きく持て! 大切なのはゴールまで行く努力の過程! ゴールを見失わないこと。1人の力ではゴールには到達できない。みんなの支えがある。日々感謝の気持ちを忘れないこと」と言われているそうだ。
あけみさんは中学・高校と器械体操をしており、都大会の跳び箱で優勝の経験もあるという。1998年にレスリング経験者のジョシュア・アダムズさんと国際結婚し、2000年1月から米国ネブラスカ州オマハに在住。ジョウルは2005年2月16日に生まれた。長兄・マクスウェル(日本名・真久寿上瑠)、次兄・ジョナ(盛直)に続く三男で、日本人名は「盛有瑠」。
4歳のとき、父が2人の兄とともに市内のレスリング場に連れて行き、レスリングと出合った。プロレスのイメージがあったのか、「レスリングというのは、パンチをしたり、キックをしたりするものだと思っていました」と言う。それでも、やんちゃな子供だったので、闘うことに関心を示した。
米国の若い世代は、フォークスタイル(フリースタイルに似ているが、やや異なる)に取り組むのが普通で、大学ではカレッジスタイルと呼ばれて人気競技になっている。フリースタイルは、主に大学を卒業して世界を目指す選手が取り組むスタイルで、U17(旧カデット)やU20(旧ジュニア)で世界選手権に出場する選手も並行して取り組んでいる。
若い世代でグレコローマンを取り組む選手はぐっと少なく、この30年間、U17の世界選手権優勝はジョウルが2人目。U20の世界選手権も2人しかいない。
父は小学校3年生の頃から高校までフォークスタイルをやっており、フリースタイルとグレコローマンの経験はなかったが、レスリングそのものに関心が高かった。フォークスタイルのシーズン(冬)が終わると、地元でフリースタイルとグレコローマンをやっているクラブへ連れて行って練習させ、ジョウルは6歳から両スタイルもやるようになった。
ただ、米国は子供の頃からひとつのスポーツに専念させるケースは少なく、ジョエルも野球、水泳、フットボール、サッカーなど多くのスポーツに親しむ小学生時代をおくったそうだ。レスリングに打ち込むようになったのは中学2年生の頃。「レスリングが一番好きだと気がついた」と振り返る。
2019年、「Legends of Gold Wrestling」というクラブにスカウトされ、1年間という限定でそのクラブに住み、現地の学校に通いながらレスリングに親しんだ。このときにグレコローマンの面白さに出合った。
同年6月にハンガリーで行われたU15を対象とした「世界スクールコンバットゲームズ」で銅メダルを獲得。世界を目指す気持ちが芽生えた。
現在は、地元オマハの高校に通いながら、「The Best Wrester」で活動。州チャンピオンを皮切りに両スタイルでU16全米王者に輝き、今年6月のU17パンアメリカン選手権両スタイル優勝(前述)を経て、グレコローマンでのU17世界選手権優勝につなげている。
夏休みである今の練習は、「週9回」とか。マット練習が夜に6回、筋持久力コンディショニング・トレーニングが2回、さらにウェイトリフティング・トレーニング1回が加わる。8月中旬からは高校の授業が始まるので、コーチと相談して練習計画を決め、米国内、さらに来年以降の世界での闘いを視野に入れるとのこと。
すでに米国国籍なので、オリンピック王者を目指すのは米国選手としてになるが、2024年パリ大会や2028年ロサンゼルス大会へ向け、日本人の血が入っている選手の健闘も注目したいところだ。
「The Best Wrester」のアイバン・デルチェブ・アイバノーブ、ジョージ・アイバノーブ両コーチは、太田忍や文田健一郎に代表される最近の日本の男子グレコローマンの活躍を知っているのだろう、「日本選手に来てほしいです。一緒に練習しましょう」と呼び掛けているという。アダムズの母をかけ橋に、日米のタッグチーム結成もあるか。