※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=布施鋼治)
「田野倉君だったら、全国で優勝できるよ」
当時、東京・自由ヶ丘学園高レスリング部の奥山恵二監督(現・顧問)の一言に、2006年に同校に入学した直後の田野倉翔太は色めき立った。
「本当に僕が全国で優勝できるんですか?」
当初は幼少の頃から打ち込んでいた剣道を続けようと思っていたが、奥山監督の一言でレスリングに打ち込んでみようと心に決めた。その後の田野倉の活躍はいわずもがな。
「奥山先生の言葉を鵜呑みにしたけど、その言葉はうそではなかった」
数年前、奥山監督からバトンタッチする形で同校レスリング部の指揮官に就任した田野倉監督は、次のようなセリフで部員たちを鼓舞する。
「高校からレスリングを始めた自分でも全国一になれたんだから、君たちも全員なれるよ」
ここ数年、自由ヶ丘学園高出身で活躍する選手は大勢いる。昨年10月の世界選手権(ノルウェー)の男子フリースタイル61㎏級で3位に輝いた長谷川敏裕(三恵海運)、昨年12月の全日本選手権の男子グレコローマン55㎏級で優勝した塩谷優(拓大)、同選手権男子グレコローマン67㎏級を制した遠藤功章(東和エンジニアリング)がそうだ。
全国の第一線で闘えるようになった遠藤の成長に田野倉は目を細める。
「高校時代はずっと、日体大へ進んでも3年生までは無名だった。それからいきなり活躍し始めた。2018年の全日本選手権、非オリンピック階級(63㎏級)でしたが優勝して何かをつかんだのでしょうね」
部員の実力を伸ばすために、どんな指導方法を基本にしているのか。田野倉監督は「半分強制で、半分自主性」を挙げた。「全体練習はあくまで全体練習。全員に当てはまることしかしない。その一方で、自主練は『自分には何が足りないのか』『自分は何をすべきなのか』といったことを考える時間にする。長谷川は高校時代、ひとつの技術を1~2時間ずっと取り組んでいましたね」
自主練に取り組む時間を確保するため、全体練習は2時間程度。「全体練習を3~4時間もやっていたら、たぶん自主練をする気力はなくなってしまう」(田野倉)
3月中旬、自由ヶ丘学園高レスリング部の全体練習を見る機会があった。田野倉監督が「ポイントを意識しながらやりなさい」というアドバイスを送ると、部員たちはみな実際に自分が何点取り、何点取られたかを頭に入れながらスパーリングを行っていた。
田野倉監督は「選手には目的を持って動いてもらうのがベスト」と考える。「僕は、高校時代は奥山先生、大学時代は松本(慎吾)先生に考えるレスリングをたたき込まれた。指導者には本当に恵まれていたと思いますね」
それだけではない。春休みの期間中は週3回フィジカルトレーニングに取り組む。
「そのうち1回は専属トレーナーについてもらってやっています。 そうすると、みんなフォームがしっかりしてくる」
2018年の全国高校選抜大会・学校対抗戦では2位に躍進。昨年の同大会・学校対抗戦では3回戦まで進出し、インターハイでは個人戦・男子71㎏級では1年生の山口叶太が優勝した。
もうすぐ今年の全国高校選抜大会が開幕する。個人戦で71㎏級に出場する山口は「無失点での優勝」を目標に置く。「昨年と比べると、(いい意味で)試合を軽い気持ちで取り組めるようになったと思う。そこが成長した部分かと」
3年生がチームを離れた現在、部員は8人。4月からは2019年全国中学生選抜選手権優勝の八隅士和ら5人の入部が内定している。新入生は中学生のときから自由ヶ丘学園に出げいこに来ている選手たちだ。
「八隅選手もその一人でした。土日曜日は中学生を含めると20名弱という所帯になるので、マットをもう一面敷いて練習するようにしています」
この高校のレスリング部には40年ほどの歴史があるが、2023年度には大きな改革が行われる。高校が共学化されることに伴い、レスリング部も女子に門戸を解放することになった。「さすがにスカウトは難しい」と前置きしつつ、田野倉監督は「ウチのレスリング部に何かしら魅力を感じてくれたら、男子も女子も関係なく診ていきたいと思う」
大変革を前に、全国高校選抜大会で自由ヶ丘学園勢はどんな活躍を見せてくれるのか。