※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=谷山美海 / 撮影=矢吹建夫)
2021年全日本選手権の最終日、男子フリースタイル92㎏級は高谷惣亮(ALSOK)が全3試合でテクニカルフォールを決め、堂々の優勝。史上3人目となる大会「11連覇」を達成した。11連覇は、森山泰年(14連覇)、浜口京子(12連覇)に次ぐ大会史上3位となり、男子フリースタイルでは初の快挙だ。
試合後は、恒例の優勝パフォーマンスを撮ろうとカメラを構える報道陣に背を向け、ジャッジ、マットチェアマン、相手セコンドへと順に駆け寄り、深々と頭を下げて挨拶。その後、Tik Tokで若者に話題の和田アキ子の「YONA YONA DANCE」を披露した。「やらないつもりだったんですけど、前会長の福田(富昭)さんに、『高谷、パフォーマンス期待しているよ』と言われたので…(笑)」。
決勝前に行われた、東京オリンピック代表の健闘をたたえるセレモニー。そこで記念パネルを受け取る際に、福田前会長から直々にリクエストを受けたと言う。「飽きっぽい」性格のため、11年目の今大会は新しい形を模索していたものの、前会長の言葉をむげにはできなかった。
「(派手なパフォーマンスは)きっと、本当はあまり好きじゃない。でも、『期待しているよ』と言われてすごくうれしかったですね。レスリング界を盛り上げようとしているのが伝わっているのかなって」。
始めた当初は、「相手への敬意がない」などとの非難の声もあり、「目立ちたがり屋」とやっかみを受けることも。そんな中で掛けられた福田前会長からの言葉に、「硬派」なレスリング界の風向きの変化を感じた。
以前に比べれば多少上がっているものの、日本のお家芸と言われながらも、レスリングの世間からの注目度は決して高くない。高谷は、自身が「目立つ」ことにある種の使命感を覚えているように思える。
「僕自身、(オリンピックの)熱が冷めるのが今までよりも早いなと、すごく感じていた。レスリングの普及には、この熱を燃えさせないといけないと思っていました。『オリンピアンが出ているんだ』と、少しでも注目してもらえればいいかなと」。
東京オリンピック代表で、今大会に出場したのは高谷ただ一人。自国開催であった「オリンピックの熱」を少しでも持続させたいという思いからだった。
「僕はレスリングを見て、みんなに面白い、格好いいと思ってほしい。みんな丸坊主でいかついよりも、お洒落で格好いい選手が増えれば、興味を持ってくれる一般の人や、競技を続けたいと思う中高生も増えるかもしれない」。
高谷が言う「格好いい」とは、選手のルックスのことだけではない。競技の普及のため、アグレッシブに両者が技を仕掛け合う攻撃的な試合が増えることを強く望む。「30秒、ポイントが動かなくて点数が入っても(アクティビティー・タイムのルール)、一般の人には分かるわけがないんですよ。でもタックルで倒せば、倒した方がポイントだって、誰でも分かる」。
この日も高谷は、全3試合でテクニカルフォール勝ち。決勝では点差をつけながらも守らず攻め続け、最後はしっかりとタックルで得点を決めて勝ち切った。
耳目を集める発言で話題をさらいながら、競技に対しては誠実で基本に忠実。競技の象徴とも言える「タックル主体の攻撃的な試合」を追い求めながら、レスリングをさらなるステップに押し上げようとする高谷を見ていると、歌舞伎界で有名な「型があるから型破り。型がなければ、それは形なし」という言葉が頭に浮かぶ。
試合以外で目立てば、後ろ指をさされる。そのことは高谷自身が一番よく理解している。「攻めずに格好だけつけているやつは、もちろん駄目。僕自身も見本になれるよう、格好悪い試合はできないですね」。少しずつ周囲の見る目が変わっていったのも、そういった姿勢が周りに伝わったからかもしれない。
タックル王子も今年で32歳。「まだまだ下にバトンを渡す気はない?」との記者の問いには、「僕はずっとバトンは出している。受け取ってくれる選手がいたら、ぱっと離せる。後ろを走ってくれる選手がいればレスリングの未来は明るい」と笑う。
オリンピック期間外もレスリングが注目される、そんな未来を実現するため、格好よく、アグレッシブに―。下の世代の道しるべとして、王子には第一線で「面白い」試合を見せ続けてほしい。