※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治 / 撮影=矢吹建夫)
「世界選手権で負けてから気持ちを切り換え、全日本選手権で絶対優勝しようと心に決めていました。いまはホッとしています」
2021年全日本選手権の第3日、女子62㎏級では尾﨑野乃香(慶大)が2年連続2回目の優勝を果たした。慶大選手(学生・OB)では62年ぶりの快挙となる。
10月の世界選手権では、初戦で2019年世界チャンピオンのアイスルー・チニベコワ(キルギス)と激突。第1ピリオドこそ4-0とリードしたが、第2ピリオドになると逆転され、4-6で敗北を喫した。
その直後はミックスゾーン近くにしゃがみ込み、声をかけるのもはばかられるほど憔悴し切っていたが、翌日の敗者復活戦と3位決定戦を勝ち、銅メダルを獲得した。初めてのシニアの世界選手権は、何ものにも代えがたい大きな経験になったか。
尾﨑は世界選手権での敗北を「技術の部分もあったけど、心の面での問題が大きかった」と振り返る。「帰国後は、スパーリングから試合を意識するようにしました」
国内では快進撃を続けてきた尾﨑だったが、まだ大学1年生。内面では常に不安や葛藤と闘っていた。
これまでは「自分が4-0で勝っているとしても、『もしかしたら逆転されるかも』と思いながら試合をしていました」と言う。
帰国後の練習では、「私は、今、勝っている」と心に言い聞かせながらレスリングをするように努めた。「4-0とリードしていても、焦ってタックルに行ってしまうような性格。だからこそ、勝っている場面では『私は勝っている』と自分に言い聞かせ、相手の動きを見ながら、タックルに入れるときには入るけど、無理はしないようにしました」
世界選手権に続き、今回の全日本選手権は尾﨑にとって大きな試練だった。というのも初戦(2回戦)から2019年のアジア選手権59㎏級優勝の稲垣柚香(至学館大)と激突するなど強豪との闘いが続いたからだ。
尾﨑は思考も切り換えた。「よく『日本で勝ったら世界でも勝てる』と言われていますけど、自分はそう考えない。『日本でも勝つけど、世界でも勝てるレスリングをしなければならない』と思うようにしました」
決勝は2020年アジア選手権65㎏級優勝の類家直美(至学館大)と激突。アクティビティー・タイムで先制され、一度は逆転するものの再び2-3とリードを許した。それでも、尾﨑は慌てず騒がず。両足タックルからバックを奪って再び逆転。その後の得意のアンクルホールドは対策を十分練ってきたと思われる類家に防がれたが、そのまま4-3で勝利した。
世界選手権から2ヶ月しか経っていないが、そのときの反省を十分活かしたところに成長の跡が感じられた。
「初戦から『この試合が決勝戦だ』と思い込み、それを積み重ねるような感じで闘っていました。どの試合も3分2ピリオド、常に気持ちを切らさずに闘うことができたからこそ、優勝できたと思う」
すべては考え方次第。レスリング、勉強とも全力で向き合いながら、尾﨑はパリの頂きを目指す。