※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治)
全試合ともテクニカルフォールで、失点「0」! 8月7日、女子50㎏級で須﨑優衣(早稲田大)が完全優勝を果たした。決勝では2016年リオデジャネイロ・オリンピック女子48㎏級で3位のスン・ヤナン(孫亜楠=中国)と対戦。がぶった体勢からバックに回ってテークダウンを奪うと、そのままアンクルホールドで怒濤の4回転! 第1ピリオド1分36秒、10-0によるテクニカルフォールで勝負を決めた。
前日の6日に行なわれた1回戦から準決勝でも、危なげなく勝ち進んだ。レスリングにおいて、4年に一度のオリンピックは最高の大舞台。にもかかわらず、ヒヤリとする場面は皆無だった。
オリンピック初出場にもかかわらず、入場してくる須﨑は常にリラックスしているように見えた。メンタルコントロールがうまくいったのか。セコンドとして初のオリンピックを迎えた吉村祥子コーチは試合前に次のようなアドバイスを伝えている。
「オリンピックはすごい舞台だけど、マットも同じならば、対戦相手も同じ。だからいつも通りにいこう」
吉村コーチがそういう価値観でオリンピックをとらえていたので、須﨑もいつもの試合と同じようにとらえていたのだろうか。
「正直、国内の試合でもかなりドキドキする。そういうことを考えると、いいメンタルで試合に臨めたと思います」(吉村コーチ)
決勝戦が終了した直後、須﨑はテレビ局のインタビュアーからマイクを向けられると、あふれる涙とともに現在の心境を語り始めた。「今の自分があるのは、自分に関わってくれたすべての人のおかげ。本当に感謝の気持ちでいっぱいです」
続いて金メダルを獲得したことを聞かれ、須﨑は「本当に夢みたいです」
22歳のまな弟子がほほを濡らしたことに、吉村祥子コーチ(エステティックTBC)は目頭が熱くなったことを否定しない。「本当に良かった。ホッとしたというのが正直なところ。彼女が中2で(JOC)エリートアカデミーに入校してからのことを思い返すと、込み上げてくるものがあった」
「絶対に東京オリンピックで金メダルを取る」という強い信念を抱いて入校してきた須﨑とともに、吉村コーチは二人三脚でオリンピックに向かって突き進んできた。
「オリンピックの延期もあったけど、須﨑は(今年の4月まで)代表権も取っていなかった。けがや(入江ゆき戦で)敗北を経験したことで、心の強さが生まれ成長したんだと思います」
振り返ってみれば、開会式のときから須﨑は脚光を浴びた。男子バスケットボールの八村塁とともに旗手を務めたのだから無理もない。身長203㎝の八村に対し、彼女の身長は153㎝。身長差50㎝のコンビは遠目から見ても目立っていた。
須﨑は「本当に貴重な経験をさせていただいた」と振り返る。「日本選手団の一番前を歩かせてもらったときには気合が入りました。オリンピックに出るまでは、大変苦しい道のりだったし」
いまの須﨑は自分を取り巻くシチュエーションをエネルギーに変えることができる。決勝当日、彼女のモチベーションはMAXだった。「レスリング競技の最終日であったし、50㎏級の決勝戦は最終試合。『日本の金メダルで終わるぞ』という気持ちで決勝に挑みました」
「オリンピック王者として、もっともっと強くなって、さらなる高みを目指したい」
さらなる高み──。それはオリンピックの連覇にほかならない。2024年のパリ・オリンピックに向かって須﨑の挑戦は続く。