※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治)
「オリンピックのレスリングの日程は後半。自分が出場する男子フリースタイル74㎏級の試合は8月5~6日なので、現時点で高ぶっているというよりは、徐々に盛り上がってきている感じですね」
7月上旬に行なわれた報道陣相手のオンラインでのインタビューで、乙黒圭祐(自衛隊)は現在の心境を吐露した。意外にも、緊張もプレッシャーも全く感じていないという。それは、試合までオリンピックの選手村ではなく、味の素ナショナルトレーニングセンター(味の素トレセン=NTC)で過ごすことになったことと無関係ではない。
「僕は中学・高校と(所属していたJOCエリートアカデミーの活動拠点である)NTCで生活していたので、(第2の)家に戻ってきた感じ。いつも通りのまま試合に臨める。そこはアドバンテージだと思いますね」
弟で男子フリースタイル65㎏級代表の乙黒拓斗(自衛隊)とともに東京オリンピックの舞台に立てることもプラスに働く。「2人とも初めてのオリンピックなので心強い。すごくいい心の状態をキープできていると思う」
今年4月、カザフスタンで開催されたアジア選手権では初戦敗退という結果に終わった。それでも乙黒は出場したことを後悔していない。
「オリンピックに出てくる世界のレスラーの実力はどんなものなのか。それをはかるための大会でしたからね。自分としては、去年3月のプレーオフから1年間試合をやっていなかった。その期間に磨いた技術を試してみたかった」
少年時代と山梨学院大時代、乙黒を指導した小幡邦彦・同大学監督は国内と同じ闘いをしているだけでは勝てないことを指摘した。「おととし(2019年)12月の全日本選手権での圭祐は、守って守って、最後は勝つという戦法をとっていた。アジアではその戦法が通じなかった」
乙黒は小幡監督の指摘に対して「全くその通り」とうなずいたが、注釈を付け加えることも忘れなかった。
「ただ、誰が相手でも同じ戦法で闘うのではなく、世界では相手によって闘い方を変えないと簡単には勝てない。(全日本で実践したような)守って守って最後は勝つという戦法も、相手によってはありだと思います」
レスリング生活の最大の転機は何だったのかという質問が飛ぶと、乙黒は迷うことなく、中2になって山梨県からJOCエリートアカデミーに入ったことを挙げた。「親元から離れて甘えられない状況になる一方で、レスリングに集中できる環境になりましたからね」
アカデミーでは、乙黒は「オリンピックで金メダルを取りたい」という思いを強く抱く。「自分のことは自分でしなければいけない環境に置かれ、強くなるためには何をするべきかを、(子供心に)考えていこうと思いました」
周りからそう言われたり、アカデミーの仲間たちに感化されたりして、そう思ったわけではない。では、なぜ? 乙黒はNTCで国内外のトップアスリートたちの練習している姿を目の当たりにしたからだった。
「NTCで練習していると、日本のトップだけではなく、世界で活躍する外国人選手も来たりしていた。そういう人の練習を見ていたら、『これだけしっかり練習しているんだ』『ここまでやらないと、オリンピックには出られないし、勝てない』という気持ちを強く持つようになりました」
ぼんやりとした夢が、確固たる夢に。中2のときの決意は、もうすぐ花開くか。