※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治、撮影=保高幸子)
6月12日、東京・味の素トレーニングセンーで行なわれた、男子フリースタイル57㎏級の東京オリンピック代表決定プレーオフ。2-4で高橋侑希(山梨学院大職)に敗れた樋口黎(ミキハウス)は、まず自分をサポートしてくれた人たちに繰り返し頭を下げた。
「コーチであったり、会社であったり、友人であったり…。僕はひとりではマットにすら立っていない。本当にいろいろな人たちの犠牲のうえでレスリングをすることができていた。周りの人たちの期待に応えられなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
試合は、第1ピリオドは高橋のリードを許したが、第2ピリオドになると樋口はタックルへ。一度はつぶされた感があったが、高橋の足首をしっかりと握っており、粘り強く粘った末にバックを取り、2-2ながらビッグポイントで一度は優位に立った。
それでも、樋口は全く楽観視していなかったと振り返る。
「レスリングは6分間に何があるか分からない。今回も一切油断することなく、最初から最後まで挑んでいました」
その後、場外際の攻防で高橋にエビに固められ、2-4と再びリードを許してしまう。結局、樋口はそのまま試合終了のホイッスルを聞いた。その刹那、マットにうつむいたまましばらく動くことはなかった。
様々な思いが交錯した。
「僕の何が一歩及ばなかったのか。(それは)分からないけど、自分の攻めるレスリングはできたんじゃないかと思います」
4月のアジア予選ではまさかの当日計量失格。開催地のカザフスタン・アルマトイの国際空港に到着直後、最も疲労の色を見せていたのは樋口だった。早くベッドで寝かせてやりたかった。それでも、当日夕方から現地での調整をスタートさせると、日によって差はあるものの、減量は順調に進んでいるように見えた。
本人もうまく行っていたことは否定しない。「計画的に、十分にいける範囲内だと思っていました。でも、57㎏(リミット)という数字は僕にとって極限のライン。結局自分の不甲斐なさでオーバーしてしまった」
今回も樋口は減量が「自分の中でも最も課題としていた部分だった」と言う。
「世界の57㎏級を見ると、僕はひとまわり大きい。(だからこそ減量に関する)いろいろなことを調べて知識をつけ、減量のトレーナーにもついてもらいました。ひとりの力では到底計量クリアーの段階まで行っていない」
今後についての明言は避けた。
「減量中にネガティブというか、ずっと暗い気持ちでいたので、今はしっかりと心を休めて、これからどうしていくか、気持ちの整理をしながら考えていきたい」
ベストは尽くした。樋口の東京オリンピックは終わった。