※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=渋谷淳、撮影=矢吹建夫)
全日本選抜選手権の女子59㎏級は、全日本チャンピオンの花井瑛絵(至学館大)が制した。初の世界選手権出場を決めた瞬間、セコンドに入っていた大学の先輩、2016年リオデジャネイロ・オリンピック63㎏級金メダリストにして東京オリンピック57㎏級代表の川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)と抱き合って喜びを爆発させた。
決勝の相手は全日本選手権決勝を争った大学の後輩、稲垣柚香ではなく、その稲垣を下して勝ち上がった田南部夢叶(日体大)だった。試合はともに譲らず、なかなかポイントの奪えない我慢の展開。
それでも花井は、川井からの「自分のレスリングをやり切る。勝っても負けても試合は6分だけ。最後に勝って終われるように集中しよう」という言葉を思い出し、息詰まる接戦を2-1で制し、世界選手権の切符を手にした。
表彰式があった関係で、試合から時間をおいてのインタビューでは、「自分から攻めることができなかった」と冷静に試合を振り返った。それでも、苦しんだ全日本選手権に続き、今回も接戦を制したのだから立派と言えるだろう。
3歳でレスリングを始めたものの、2017年にインターハイを制するまではホープと目されるほどの結果を残せずにいた。初の全国優勝を機に上昇気流に乗ると、大学に入ってさらに力を伸ばし、2018年のU23世界選手権で2位、2019年世界ジュニア選手権で優勝。世界のメダルを手にして力をつけた。
最近は川井にスパーリングパートナーを託され、「100%で向かっていくことが梨紗子さんのためにもなる」という中身の濃い練習で日々力を磨いている。
「けっこう長い間、パートナーを組ませてもらっています。ずっと練習をしてきたおかげで、自分もここまでこられたと思う。世界選手権出場を(プレーオフなしで)一発で決めるのを目標にしていたので、それを達成できたのがうれしいという気持ちでした」
オリンピック金メダリストと練習を重ねれば強くなるのは当たりまえだが、得たものはそれだけではない。日常の暮らし、試合に向けての調整、プレッシャーとの向き合い方など、そばにいて伝わってくることはたくさんある。言葉や表情に出さなくても、いつも一緒に練習していれば感じ取ることもあるだろう。
「自分はこの大会に向けてプレッシャーを感じたけど、オリンピックはその比じゃないと思う。世の中がこういう状況で、選手にしか分からない苦しみとか葛藤とかがあるはず。(川井には)そういう思いを練習で吹き飛ばすというか、練習で自信に変えてもらえるように精いっぱいサポートしたい。そう思っています」
川井の大舞台が先になる。それが終われば今度は花井の番だ。あこがれの先輩に少しでも追いつくために、10月の世界選手権では、今回はできなかった攻撃的なレスリングを全開にして表彰台の頂点に立つつもりだ。