※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=布施鋼治)
「上京してからちょうど半年になります。ここは私の母校なので、元に戻ったという感じですね」
10月上旬、東京都北区にある安部学院高レスリング場で、東京オリンピック女子53㎏級代表に内定している向田真優は何か吹っ切れたような笑顔とともに汗を拭った。今春、至学館大を卒業後、ジェイテクトに入社。コーチで婚約者の志土地翔大氏とともに上京した。
向田はJOCエリートアカデミーに在籍しながら安部学院高に通っていたので、古巣にUターンしてきた格好だ。
「立場的には(OGとしての)出げいこ組なので、本当にありがたいと思っています。快く私たちを迎え入れてくれた成富(利弘)総監督には本当に感謝したい」
もっとも、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。新型コロナウイルスの影響で、3月下旬から6月下旬までレスリング部は閉鎖せざるをえない状況に追い込まれてしまったからだ。
その期間、向田は「近所の河川敷を走ったり、公園で志土地コーチと打ち込みをやったりしていました」と思い返す。「その分、フィジカル面を強化できたので、ある意味レスリングと離れてよかったなと思える部分もあります。安部学院の練習が再開されてからは『レスリングをやれなかった期間はなかったのではないか』と思えるほど早く勘が戻った気がします」
幸い新しい環境でも、練習相手には事欠かない。東京オリンピック出場を狙う50㎏級の須﨑優衣(早大)、昨年の全日本選手権62㎏級優勝の石井亜海(安部学院高)らと連日汗を流す。「須﨑選手も結構練習に来るので、緊張感のある中でスパーリングができたりする。石井選手とは体重差があって、スパーリングではポイントを取られたりすることもあるので、いい刺激になっています」
向田は至学館大と安部学院の練習の違いを肌で感じている。「ここはスパーリングがメーン。至学館大は補強や技術練習だけの日、あるいはスパーリングだけの日もある。私はどっちも経験しているので、どっちの良さもわかる感じですね」
今年2月のアジア選手権(インド)で銀メダルを獲得して以来、コロナの影響で実戦からは遠ざかっている。それだけに、今年12月に開催が決まった世界選手権(セルビア)には出場したいと願う。「オリンピックになったら、相手は外国人選手だけになるので、天皇杯(全日本選手権)への出場は考えていません。もし世界選手権がないなら、普段のスパーから試合勘を意識してやるようにしたい」
昨年の世界選手権(カザフスタン)では、決勝でパク・ヨンミ(北朝鮮)に敗れて準優勝に終わった。パクには昨年4月のアジア選手権(中国)決勝でも敗れているだけに、天敵といっていい。
志土地コーチは、ジェイテクトから業務委託という形で向田の専属コーチとして活動できるようになった。「2~3週間前、パク・ヨンミ攻略について気づきがあった」と打ち明ける。「相手ではなく、向田本人の動きの部分で勝利につながるある発見があった。その悪いくせを直せば勝てる、という思いがあります」
コロナによって東京オリンピックは1年延期された。向田の人生も大きく軌道修正されている感もあるが、社会全体の問題なだけに、いら立ちはない。
「自分で決められることではないので。早くコロナが収束して、来年オリンピックが開催されることを願っています」
環境は整った。向田は志土地コーチとのマンツーマンで初出場となるオリンピックで金メダルを目指す。