※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・写真=布施鋼治)
「誰か手伝ってくれる人はいませんかね」
今年1月の話だ。中根和広氏が日本ウェルネススポーツ大学レスリング部総監督に収まるきっかけを作ったのは、同大学レスリング部を指揮する永田克彦監督(2000年シドニー・オリンピック銀メダリスト)からの一言だった。
SNSを通じてのやりとりだったが、中根氏は冗談半分で答えた。「高齢者のオレで良ければ手伝うよ」
中根総監督は現在72歳。教え子は女子の元世界チャンピオンの浜田千穂を筆頭に、昨年破られるまで43年に渡って男子グレコローマンの最年少全日本王者だった藤森安一、総合格闘技で一世を風靡した中尾“KISS”芳広、元プロレスラーで現在ボディビルで活躍する北村克哉など枚挙にいとまがない。
これまで日本レスリング協会理事や全国高等学校体育連盟レスリング専門部理事長などの要職を歴任しているが、永田とのやりとりの直後には、監督を長年務めた日本工業大学駒場高校を退く予定になっていた。
再びレスリングの現場に携われるなら、これほどうれしいことはない。「新しい環境で、ゼロからスタートするのも面白い」とも思った。
その後、日本ウェルネススポーツ大学の柴岡信一郎副理事長に面接を兼ねて会うと、「ウチはレスリングを応援したいので、ぜひお願いしたい」と背中を押された。柴岡副理事長は2015年にレスリング部が創設された頃から大会に応援に来ており、「なんとか団体戦を組めるようにしたい」という思いに心を打たれた。
同大学の監督に就任して6年目に入った永田監督は、中根総監督のキャリアに大きな期待を寄せる。「中根先生のこれまでの人脈やリクルートの知識を存分に活かしていただきたい」
8月23日には同大学レスリング部の説明会が行われた。当初は中根総監督の人脈を活かす形で方々に声をかけ、多数の参加者が予定されていたが、新型コロナウイルスの影響でキャンセルが続出。結局2名の参加者が永田やナショナル選手権優勝の実績を持つアバスアバディ・スィヤヴァシュ(イラン)からマンツーマンに近い手厚い指導を受けた。
中根総監督は「永田監督にレスリングを教わりたいという高校生はたくさんいるのに…」と残念がった。「声かけさえすれば、練習会をするのは簡単だと思っていました。今回も100校ほど電話したけど、4月以降、ずっと自粛ムードが続いていますからね」
来年は2人の入部がすでに内定している。「今回練習会に参加した一人も、結構入部に傾いているような気がします」(永田)
現段階で部員は2名しかいないが、中根総監督は「欲をいえば、毎年5人ずつ増やしたい」という青写真を描く。「今はこの人数だけど、毎年真面目にやっていけば部員は増えていくと確信しています。現在は留学生を引き受けたいという希望も出しています」
中根総監督は練習会のインターバル中、機会を見つけては参加者にエネルギッシュに声をかけていた。70代で新たな挑戦ができる若さを保つ秘訣について聞くと、「仕事をしていないとダメ」と切り出した。
「僕は50代後半で部長職になり、そのあと副教頭をやっていました。その一方でトレーニングも続けています。さすがに自分でレスリングをすることは辞めたけど、筋トレはずっとやっていますね」
スムーズに乗り換えができたら、東京の自宅から茨城県にある大学の最寄り駅まで1時間半程度。指導歴は49年を数える。孫も3人いる身で、節目となる50年目を新天地で迎えようとしている。「普通なら60~65歳から年金生活者になる。それを考えると、好きな仕事をやれるだけでも幸せだと思います」
72歳の挑戦は続く。