※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
【ブダペスト(ハンガリー)、文=布施鋼治、撮影=保高幸子】表彰台に登った女子50kg級の須﨑優衣(早大)は目を真っ赤に腫らしていた。人前で泣くのは、昨年フランスで開催された世界選手権以来、14ヶ月ぶり。その理由を聞くと、「去年の天皇杯で負けたことを思い出した」と打ち明けた。
「そのせいでワールドカップやアジア大会に出られなくて…。でも、今回優勝したことで『ここまで来られて良かったな』と思ったら涙が出てきました」
昨年の世界選手権では18歳の高校生として優勝。一躍、時の人となった。しかし4ヶ月後の全日本選手権では入江ゆき(自衛隊)にまさかのテクニカルフォール負け。天国から地獄へと突き落とされた。
だからといって、必要以上にふさぎ込むことはなかった。JOCエリートアカデミー時代から世話になっている吉村祥子コーチの指導のもと、組み手の基本から見つめ直した。吉村コーチが振り返る。「相手を動かせるような指の使い方など、レスリングの基礎となるところからもう一度じっくり取り組みました」
それとともに50㎏級の体作りにも取り組んだ。女子の最軽量級が48㎏級から50㎏級に変更になったことで、外国人選手にパワー負けしないフィジカルは必要不可欠だった。吉村コーチは「筋トレを多くしました」と説明した。
その効果は絶大で、須﨑のフィジカルは充実の一途をたどり、誰の目から見てもたくましく映るようになった。その一方でテクニックも幅が広がった。そうでなければ、準決勝まで失点0で、すべてフォールかテクニカルフォールという離れ業などできるわけもない。
具体的には、いったい何が変わったのか? 「今までの須﨑はどちらかといえば、相手のすきを見て飛びこむタックルが多かった。要はつかんで押し込むようなレスリングです。でも、それだけでは本人も私も勝てなくなることが分かっていた。基礎を見つめ直したおかげで、いまは至近距離からの組み手もできるようになりました」(吉村コーチ)
図らずも、その効果は決勝で実現したマリア・スタドニク(アゼルバイジャン)との一戦で爆発した。スタドニクは北京からリオまでオリンピックでは3回連続メダルを獲得している強豪で日本人選手との絡みも多い。
須﨑とは今年2月のクリッパン国際大会(スウェーデン)の決勝で激突。スタドニクが1-2とリードした形で迎えた第2ピリオド終了間際、須﨑は11歳年上の古豪をマットサイドに設けられた本部席に思い切りぶつける場外ポイントで2-2として逆転勝利をもぎとった。
それから8ヶ月、今回もシーソーゲームになると予想されていたが、フタを開けてみると須﨑のワンサイドゲームになった。出色は試合開始早々スタドニクのタックルをいなし、バックを奪ってローリングを成功させた場面だろう。いなされた時のスタドニクの動きを見て、圧倒的なパワーの差を感じた。
6-0と点差が開くと、須﨑の「攻め続けなければならない」という気持ちは止まりかけたが、すぐに思い直した。「しっかり攻め切らないといけない」。その後もテークダウンとローリングで点数を重ね、勝利を収めた。
決勝で最大の好敵手を相手にしても、作戦をほぼ遂行できたところに須﨑の成長がある。次なる闘いは、結果的に彼女を見違えるほどの強化へと導いた全日本選手権。抱負を聞くと、「日本に帰ったらまた気持ちを引き締めて、来年もまた世界の頂点に立てるように練習したい」と切り出した。
「国内の闘いも厳しいけど、さらに強くなって、その戦いに勝ち抜いて東京オリンピックで金メダルを獲りたい」。世界選手権では未だ無敗の19歳。出たかった国際大会への無念の思いも払拭した。いったいどこまで強くなるのか。