※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子)
「高谷大地」の名前がアジア大会の記録に刻まれた! ジャカルタで行われた2018年アジア大会。男子フリースタイル65kg級の高谷大地(自衛隊)は、3月のアジア選手権(キルギス)で勝っているインドのバジランと決勝で対戦し、大接戦の末8-11で敗れて銀メダル。金メダルには一歩届かなかったが、日本勢でこの大会初の決勝進出を決めた。
同級は日本最激戦区と言えるほどレベルが高くなっている。2016年リオデジャネイロ・オリンピック57kg級銀メダリストの樋口黎(日体大助手)や、昨年61kg級世界5位の中村倫也(博報堂DYスポーツ)など豪華な顔ぶれの中、トーナメントを制したのは19歳の乙黒拓斗(山梨学院大)だった。
高谷は大会前、「今の日本の65kg級はレベルが高いので、誰が出てもメダルを取ると思います」とメダルへの義務感を口にした。その気持が前面に出ていたのが、準決勝のカザフスタン戦だ。ロースコアながら息の詰まるような試合展開で終盤にリードされたが、残り6秒で追いつき、ラストポイントでの勝利。
試合終了時にはガッツポーズで雄叫びをあげ、喜びを爆発させた。決勝は敗れたものの、高谷は「今の力を全部出し切ったので」と完全燃焼した様子だった。
5年前、高谷は18歳で全日本選抜選手権60kg級で優勝し、一躍トップ選手に。2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロと2大会連続オリンピック代表となった高谷惣亮の弟でもあったことで注目度も高かった。「兄のようになりたくて、兄のようにならないといけない」-。
一度も喧嘩したことがないというほどの仲良し兄弟。高谷は、兄の背中を追い続けて、すべてを真似して兄に追いつこうとしたが、その気持ちとは裏腹に成績が上がらず、けがも頻発。試合で負けると「高谷惣亮の弟なのに…」と涙にくれた。
転機となったのは拓大を卒業し、自衛隊体育学校に入校したことだ。初めて兄と生活が別になり、見本としていた兄と自分は違うということを少しずつ受け入れるようになった。「兄からおいしいところだけはもらうけど、僕には僕にしかできないことがあると思えるようになった。いい意味で兄貴離れができた」。
以前は、兄からのアドバイスを受けるだけで、一方通行だったが、高谷が学んだことを兄にアドバイスする、対等なキャッチボールが増えた。泥仕合のような試合をすると、「これが僕のレスリング」と、兄とは違うスタイルであることを自覚。
兄が男子レスリングの顔として注目され続けているのに対し、「自分は華がない雑草です」と言い切った。ネガティブな発想をポジティブに。ありのままの自分を好きになったことが飛躍の要因だった。
アジア大会はオリンピック階級のみ実施されたため、今大会、79kg級の兄は日本からの応援だった。「僕よりも興奮していたみたいだ」と、速報をしていたアジア大会の公式サイトにかじりつき、常にメッセージを一方的に送ってきたという。
高谷は「兄は、僕が銀メダルで悔しがっていましたが、メダルを持ち帰って、応援してくれた人たちにかけてあげられるのはいいですね」と感慨深そうに話す。紆余曲折を経て、高谷がようやくつかんだ大舞台でのメダルだった。