※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=樋口郁夫)
「あっという間に知れ渡ってしまったからね。隠したって意味ないよ」。5月16〜18日に東京・駒沢体育館で行われる東日本学生リーグ戦で、大会史上3位タイ(同大会が年1回になってからでは単独2位)となる6連覇を目指す山梨学院大の高田裕司監督は、主力のけがについて、ためらうことなく言及した。
昨年の世界選手権70kg級銅メダリストでチームのエース、藤波勇飛(74kg級)がゴールデンウイーク中に左目の下を陥没骨折。リーグ戦への出場が危ぶまれることだ。けがは順調に回復し、勝負どころの1、2試合は起用できそうな状況となった。とはいえ、8月のアジア大会(インドネシア)出場が内定していることもあり、無理をさせたくないのが本音だろう。
それでも、その表情に悲壮感はない。有力な新人も加入し、十分な布陣だ。「いっそのこと、藤波なしで優勝できるか、やってみようかなとさえ思う」と冗談とも本気ともとれるコメントで、エース不在を来年以降の飛躍に変えようとしている。
ベストメンバーの場合、65kg級の乙黒拓斗、70kg級の乙黒圭祐、74kg級の藤波勇飛、125kg級のバグダウレット・アルメンタイの4階級は、どこが相手でも白星を見込める階級。乙黒拓は先月のワールドカップ(米国)で世界一に手が届くだけの実力を発揮し、乙黒圭は70kg級日本一に輝くなど好調を維持している。
アルメンタイは今月初めのカザフスタン選手権の97kg級で優勝し、8月のアジア大会への出場を決めるなど世界へ飛躍できる実力をつけて乗っている。
藤波の抜ける穴は、昨年の大会では86kg級に起用されて白星も挙げた横山凜太朗が埋めることになりそうだ。また、昨年60kg級で世界ジュニア選手権3位となった榊大夢がJOC杯65kg級で優勝するなど、階級を上げての実力をつけている。榊を65kg級に起用し、乙黒拓を70kg級、乙黒圭を74kg級という布陣にすることも考えられる。
いずれにせよ、中量級と最重量級の安定感は頼もしい限り。57kg級には昨年のインターハイ55kg級王者の服部大虎(千葉・日体大柏高卒)、86kg級には先月のJOC杯86kg級優勝の山田修太郎(秋田・秋田商高卒)の強豪新人が加入。即戦力として期待されるとともに、上級生の奮起にもつながっている。
86kg級の牛水瑞貴主将は「自分達の代で連覇を途切れさせたくない。それがプレッシャーになっては困るが、そうならないよう、チームのみんなの士気を高めていきたい」と言う。重量級にアルメンタイがいるのは「強みです」と言うが、実は昨年、アルメンタイは大会直前にけがしていた。最大の敵と思われた拓大戦で、チームスコア3−3で山本泰輝との試合になったら、どうなったか分からない状況だった(チームの勝利が決まっていたため棄権)。
けがは最大の敵。圧勝が予想された昨年11月の全日本大学選手権も、乙黒拓が試合中に負傷して棄権する想定外のことがあり、優勝を逃がしている。今以上の戦力ダウンを避けるため、牛水主将は「けが人が出ないよう。最大限の注意を払いたい」と言う。
藤波が出場できない場合、中量級の核となるのはワールドカップで活躍した乙黒兄弟だ。兄の乙黒圭は「この冬、多くの経験をした。熱狂の中で行われたワールドカップで団体戦のいいところを再認識した。年度の初めに個人でも団体でも勝って、飛ばしていきたい。拓斗と一緒にチームを盛り上げたい」と話す。
74kg級を務める可能性もある。「頑張るだけ。意識はしていません」とサラリ。「1年生の時から出場していますが、優勝しか経験していません。勝ち続けて(最後のリーグ戦を)終わりたい」と自信を見せた。
弟の拓斗も本来より上の70kg級に出場する準備をしている。相手選手からの体重のプレッシャーを感じる闘いになるが、自身の気持ちのプレッシャーは「逆にないと思います。好きなように、いつものようなレスリングをやれば、いい結果が出ると思います」と、上の階級への出場は兄と同じく“問題なし”という姿勢だ。
昨年の大会は負傷で戦列を離れていたので、これが初のリーグ戦。高校時代は少数精鋭のJOCエリートアカデミー所属だったので、国内では初の団体戦出場となる。「(チームメートから)応援してもらえるし、自分も応援する。勝った時の喜びが、個人戦以上に大きい。みんなで喜べればいいですね」−。
藤波不在でも連覇は続くか。「藤波が出るぞ!」と見せかけるだけでも大きなパワーとなる山梨学院大の6連覇への挑戦はいかに。