※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫)
重圧をはねのけてつかんだ1勝だった。2018年女子ワールドカップのAグループ予選リーグの1回戦、スウェーデン戦の65kg級に栄希和(ジェイテクト)が出場し、ニーグリヤン・ムーワに4−2で勝利した。
スウェーデン戦は日本がチームスコア10−0で圧勝し、6番手の62kg級の時点ですでに勝負は決まっていたが、ワールドカップの団体戦は勝利数が並んだ場合、内容で判断するため、一つでも多くの白星を重ねる意義がある。勝負が決まっているにもかかわらず、試合前に栄はとてつもない緊張感に襲われていた。「すごく緊張して怖いという思いでした」。
ワールドカップ直前になって、日本チームの監督が父の栄和人強化本部長(至学館大)から笹山秀雄女子強化委員長(自衛隊)に変更になった。
一部の報道で、「ワールドカップの代表選考方法に問題があったのでは?」と指摘され、その対象は全日本選手権5位で、本部長の娘の栄に向けられた。一時は出場辞退も検討するほどプレッシャーを感じていたが、最終的に予定通り出場すると決心。しかし、思うように体は動いてくれなかった。
直近の国際大会で世界2位の実力者に勝つなど実績を残していた栄にとって、ニーグリヤンは、決してハードルの高い相手ではなかったが、立ち上がりから相手に押されて、パッシーブや場外ポイントで0−2とリードを奪われた。「とにかく日本の代表なので、日本の優勝に貢献しようという気持ちで試合に臨みました」と、気合は入っていたが、「今日はあまりいい動きができてなくて、頭も真っ白だった」と、気持ちと体がバラバラになっていた。
けれども「何が何でも勝たないといけない」という栄の気持ちに体が反応した。第1ピリオド終盤に繰り出した片足タックルを強引にテークダウンに持ち込んで2−2と追いついて逆転。第2ピリオドにも同じ技で追加点を加えて4-2とリードを広げ、相手の猛追もかわした。試合後、何かがプツッと切れたのか、栄の目から涙があふれた。「内容は良くなかったのですが、勝ててほっとした」。自分の役目を果たしたことでの涙だった。
重圧を感じていたのは、栄本人だけではなかった。スタンドの控え選手の目にも涙が光る選手がいた。「心配してくれる仲間がいる。泣くほど応援してくれて…。このチームでレスリングができてよかったです」。
多大な重圧を感じた2度目のワールドカップ。苦しみながらも全力を出し切り、チームに貢献する白星を挙げた栄希和だった。