※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
【パリ(フランス)、文=増渕由気子】53kg級から階級を上げて臨んだ世界選手権の女子55kg級の奥野春菜(至学館大)が15年ぶりの快挙を達成した。決勝戦、アフリカ選手権優勝のアデクオロイ・オヅナヨ(ナイジェリア)と対戦し、得意のタックルで得点を重ねて5-4で勝利。18歳、大学1年生で日本女子26人目の世界チャンピオンになった瞬間だった。
奥野の瞳から涙がじわじわとあふれてくる。1年前は高校インターハイで大会3連覇を達成したが、内容が満足いかず悔し涙を流した。あれから1年、今回は世界選手権の舞台での涙。歓喜の涙かと思えば「世界で通用するプレーができず、反省点が多くてだめだなと思って涙が出る。それに代表の重圧があった。優勝してホッとしてしまった」。
今年は「国内で負けたらそれでいい」と考えていた奥野が、至学館大に入学して半年。至学館大の猛練習や、栄和人監督のアドバイスで急激に伸びた。その伸びしろは青天井。初戦から両足タックルがさえて勝ち上がり、準決勝では完璧な両足タックルを2度決めて大量得点。
持ち味のタックルの精度が試合ごとに高まり、セコンドの栄監督は「毎試合ごとにどんどんよくなってきている。すごいよ!」と声をかけて決勝へ送り出した。
階級を変えて世界選手権代表を手中にしたが、帯状疱疹を発症して離脱し、試合までの道のりは茨(いばら)の道。18歳に課せられる代表の重圧は増すばかりだった。「日本代表なのに練習ができない。これで大丈夫なのか」と不安もあったが、コーチ陣が「奥野はあの年齢でふてぶてしい部分がある」というように、体からは青い炎がほとばしっていた。「悔しい…でも、絶対勝ってやる!」
昨年は世界カデット選手権でも優勝し、国際大会の経験はあったが、シニアではレベルが違う。試合中には髪をつかまれるなどラフプレーも受け、嫌な顔をする場面もあった。栄監督は「あのあたりが、まだ子供だよね」と苦笑したが、それで崩れるどころか、集中力が高まるのが奥野のすごいところだ。
さらに、だ。シニアの洗礼は計量の時からあった。決勝戦の相手になるオヅナヨが、大声で歌を歌っていたのだ。「ものすごい声量で、びっくりしました。計量会場に音楽が流れているのかと思ったくらい」。面食らった部分もあり、あまりのうるささに嫌悪感もあった。勝ち上がれば、決勝で対戦すると分かると、「やってやる!」と闘志が沸いた。
オヅナヨは長身で懐が広い選手。準決勝まで両足タックルで勝ち上がった奥野は、「この相手には片足で攻めよう」と戦略もチェンジ。それがズバッと決まった。第2ピリオド、片足タックルからグラウンドの連続攻撃で4点を奪ったのが決勝点になった。
18歳にして技の精度、精神面ともにパーフェクトの出来。栄監督も同じ18歳で優勝した伊調を懐かしく思い出しながら、奥野の潜在能力の高さをべた褒めした。
試合直後は重圧から解き放たれて涙を見せていた奥野だが、表彰式後はすっかり笑顔に。「(世界チャンピオンになるなんて)すごいことしたなって感じ。目標を達成できてうれしいです。メダルは重くて大きいです」とにっこりほほ笑んだ。
経歴から吉田沙保里2世と言われる奥野。吉田が活躍した55kg級で優勝するも、「世界チャンピオンと言っても、内容はまだまだだし、日常の行動も程遠い。だから吉田選手と同じと言われても、自分がすごいとは思わない」と客観視。
さらに「世界チャンピオンになったからと言ってオリンピックに出られるわけではない。チャンピオンだと思うのは今日まで。明日からは切り替えて2020年東京オリンピックに向けて頑張っていきたい」と浮かれる素振りは全くなかった。
フランス・パリで、18歳の奥野春菜の衝撃的な、そして大物になる予感たっぷりの世界デビューだった。