※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=増渕由気子) 熱血指導でチームを率いた芦野茂美監督
芦野監督は「これも何かの巡り合わせ。7年連続50回目の出場だったのですが、3年前くらいに、このままいけば地元で50回目だと気がつきました。それまで1回も落とせないと、プレッシャーを感じながらの日々でした」と振り返る。そのプレッシャーが芦野監督にはプラスになっていた。「この与えられた宿命を力に変えなければならない」。
「日本一への挑戦」というスローガンのもと、5年に渡る強化が実り、初戦(2回戦)は新潟県央工(新潟)に7-0と完勝。3回戦は日本文理大(大分)に5-2で勝利した。ベスト4をかけた沼津城北(静岡)は、キッズ時代から実績のある選手を中・軽量級に配置し、先手必勝型のチーム。「重量級は、うちに分があるので、50kg級から74kg級の5階級のうち2階級を獲る作戦でした」。
トップバッターの50kg級の庄司奈央は終盤まで1-2と接戦。終盤にタックルからバックに回り込むが得点にならず。すかさずチャレンジしたが、相手の小手のディフェンスが有効となりポイントが認められなかった。結果論だが、ここが勝負の分かれ目となり、66kg級の池田龍斗と84kg級の今野港斗の2勝を挙げるにとどまった。
”メダル”をかけた沼津城北との対決、50kg級の庄司、あと一歩及ばず悔しい黒星(赤)
■芦野流、レスリング選手の育て方
「7年連続50回の出場」という記録は、なかなかできるものではない。芦野監督は「一番大変だったのは選手の確保です。キッズクラブ全盛の今、山形県は他県より後手になっている。高校からレスリングを始めた初心者を鍛え、全国を目指す方針で強化してきました」と振り返る。今回のレギュラーメンバーに、キッズ出身選手は2人。あとは柔道、水泳、陸上からの転向者だった。「なんとか7階級を3年生でそろえることができた」と納得のいくチームは作れた。
チームの柱として団体戦全勝をマークした60kg級の池田龍斗
スカウトがうまくいっても、次のハードルが待ち構えている。レスリングは人口が少ないため、全国大会に出場しやすいという一面があるが、そこでの挫折も受けやすい。「志を持って全国大会に出ても、キッズエリートとの差を肌で感じてしまい、高校生のうちに追いつけるのかと心が折れてしまう選手もいるんですよね」。
地元で健闘した山形商チーム
「秋田商の横山先生、盛岡工の巣内先生など東北の先生たちに助けられた」。秋田商は学校対抗戦で常に上位進出している強豪校。強い選手と繰り返し練習することで、高校から始めた選手たちも、どんどん度胸がつき、大舞台で力を出せるようになっていた。
「選手たちは全員立派だった。地元開催という節目に巡り合えて幸せです」。芦野監督、集大成となる山形での夏だった。