※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
泉武志(一宮グループ)
3月の欧州への長期遠征では、“レスリングに開眼した”実力をもってチーム唯一の2大会連続のメダル獲得。優勝でなかったのは残念だったが、世界トップレベルを体で知ることができ、自分のスタイルがある程度通じたことで、「収穫の多い、とても充実した遠征でした」と振り返る。今年の世界選手権での活躍が期待されるまでに成長していると言っていいだろう。
泉の得意なスタイルは、前へ出て相手を崩し、引き落とし、ばてさせて勝負するスタイル。グラウンドの攻防は「得意でない」と言うから、コーションの際のパーテール・ポジションの選択がなくなった今のルール下で力を発揮する闘い方だ。これが外国選手相手にけっこう通じた。
世界王者(中央)には敗れたが、ハイレベルのハンガリー・グランプリでメダルを獲得した泉武志
■オリンピック国内予選での負傷と交通事故を乗り越えて
大学卒業でいったんマットを下りたが、その後カムバック。2015年の世界選手権(米国)で66kg級の日本代表となり、リオデジャネイロ・オリンピックの最有力候補だった。しかし、国内の最終選考となった同年12月の全日本選手権では、1回戦で負傷によるまさかの敗退。パーテール・ポジションの防御で、「2失点に抑えようと思ったら、首から落ちてしまった」。
幸い選手生活を断念するほどのけがではなかった。それでもオリンピック出場の夢が消え、その時は「引退」の気持ちが脳裏をめぐった。会社に「もうレスリングは辞めます」と電話したという。しかし、会社や周囲の説得のほか、「まだ続けたい、と思う自分がいました」と、1週間後には再起を決意した。
再起戦は昨年5月の全日本選抜選手権になる予定だった。しかし、大会の3日前、自衛隊の練習に参加させてもらい、原付バイク(原動機付自転車)での帰り道に交通事故に遭遇。救急車で病院に運ばれるアクシデントに見舞われた。普通の人なら何日も入院しなければならなかっただろうが、受け身をうまくとったのか、体が頑丈だったのか、大事には至らなかったという。レスリングの全日本トップ選手の体は、普通でないことは確かだ。
■オリンピックと世界選手権の代表が出る今度の全日本選抜選手権が勝負
昨年12月の全日本選手権、最終日の最後に行われた試合で日本一に輝き、勝負の雄たけびをあげた泉
「66kg級の時はスタミナ切れもしましたね」と話し、階級アップが正しい選択となった。この先、オリンピック階級がどうなるかは不明だが、もう66kg級で闘うことはなさそうだ。
ただ、この時はリオデジャネイロ・オリンピック66kg級で5位となり階級をアップした井上智裕(当時三恵海運=現富士工業)と、全日本選抜選手権の王者で世界選手権(ハンガリー)に出場した梅野貴裕(愛媛県協会)が出場しておらず、ある意味では“暫定チャンピオン”。梅野と井上が復帰してくる今度の全日本選抜選手権が、本当の日本一を決める闘いになりそうだ。
梅野は愛媛・八幡浜工高時代の1年先輩。「当時はボコボコにやられました」と言う。だが、「ここで自分の夢を途切れさせるわけにはいきません。パワーがあって強い先輩で、尊敬していますけど、自分に自信が芽生えてきましたし、国内ではだれにも負けられない、という気持ちです」と気合を入れる。
全日本合宿で太田忍(ALSOK)と練習する泉
それに先立ち、5月にはアジア選手権(インド)に出場。イランやカザフスタンなどアジアの強豪を相手に実力を試してくる。「優勝しか考えていません。自分の実力を出し切れば優勝できると思います」ときっぱり。欧州遠征で培った自信はかなり大きいようだ。欧州とアジアのグレコローマンはスタイルが多少違うが、「大切なことは自分のスタイルを貫くこと」と、揺るぎない気持ちを持っている。
強化の一環として、アジア選手権が終わったあとは栄養関係の資格取得にも挑むという。一人暮らしの現在、全日本合宿以外は自分で食事をつくっているが、食べることも強化の必要要素との理由からだ。2020年東京オリンピックを見据えた気持ちは、中途半端ではない。
「レスリングの奥の深さをもっと追求していきたい」と言う一方、「今年は結果を残す年と決めています。内容ではなく、結果です」とも話す。欧州の大会で連続メダルだったので、「まず結果は出せたね」との問いに、「優勝でなければ駄目ですよ」と即答。より高い目標値を設定している泉の今シーズンの活躍は?