※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=増渕由気子) 八戸工大一高から18年ぶりの王者に輝いた小川航大
準々決勝で小柴亮太(佐賀・鳥栖工)、準決勝ではJOCエリートアカデミーの榊流斗(東京・帝京)という中学や高校でチャンピオン経験がある強豪を次々と破っての優勝に、小川は「小学校時代の優勝はあるけれど、中学、高校とタイトルはなかった。実績のある選手にやっと勝つことができてうれしい」と喜びをかみしめた。
■青森出身の太田忍(ALSOK)の言葉に刺激を受けた
小川自身も、そして八戸工大一としても悲願達成。小川を育てた大館信也監督も赴任から丸7年でようやくチャンピオンを輩出したことになるが、開口一番、「予定通りの優勝です」と実力通りの試合だったことを強調した。「もともと攻撃はできている選手でしたが、防御が全然駄目で、無駄な点数を相手にやってしまう弱点がありましたので、そこを直してきました」。
ディフェンス強化とともに取り組んだのが、シチュエーション別のメニュー。「『ラスト20秒、何点負けているよ』という練習ばかりさせてきました」。この練習だと本人の瞬発力が身につき、メンタル向上も見込める。小川も「気持ちが弱いと常に指摘されていた」と認めていただけに、この練習で追い詰められた時に自分のパフォーマンスを出すことを体に染み込ませて臨んだ。
小川は「去年の秋から今まで以上に練習してきました」と自負する。そのきっかけになったのは、リオデジャネイロ・オリンピック銀メダリストの太田忍(ALSOK)の存在だ。同郷の大先輩が帰郷した際は、胸を貸してくれることもしばしば。「一緒に練習する機会があって、『世界で一番練習しないと、一番になれない』と言われて、すごく影響を受けました」。
当たりまえだが、練習では一方的にやられてしまう。大館監督も「ボコボコにされて、雑巾のようにボロボロになっていましたね(笑)。それでも、チャンピオンになりたいから、辞めたいとは言わなかった」。
7年をかけて全国王者を育成した大館信也監督と小川
大館監督は「アカデミーの選手は、気持ちが強くて本当に素晴らしい。その選手にどうやって勝つかは、私自身の課題でもありました。2年前も永田丈治(2015年インターハイ3位)という軽量級の選手をチャンピオンにさせようとしましたが、アカデミーの乙黒拓斗選手の壁を破れなくてね…」と振り返る。監督自身にとっても、アカデミー選手に勝って優勝できたことに指導の結果が出たと満足そうだった。
■“青森のしくじり先生”、「俺みたいになるな」という指導で生徒を鼓舞
大館監督は2010年春から同校に赴任し指導をしてきた。現役時代は全日本2位やアジア選手権銀メダルと国内外で活躍。トップレスラーの一人だったが、「僕は2番が最高成績だったんですよね。高校時代からずっと。この大会も僕は2番だったんです。2番って、相手が喜ぶところを目の前で見ることになりますから。本当に悔しい経験がいっぱいあるんですよ」。
小川は大館監督から「レスリングはチャンピオンスポーツ。1番にならないと悔しい思いをする」と教えられてトーナメントを勝ち抜くメンタルを養ったという。大館監督はこう続けた。「俺みたいになるなってことを、いつも生徒に話しています」。
不思議と“監督の失敗談”の話になると、全員が耳を傾ける。「この手の話になると、みんな聞いてくれますね。境遇が同じだからだと思います。実力があるのに1番になれないという点」。チャンピオンになれなかった大館監督は、勝ち切れない生徒の気持ちも、何が足りないのかもすぐ分かり、的確に指導できる。今回、小川の優勝は大館流の指導方法が実を結んだと言えよう。
小川と大館監督の目標は一つ達成した。大館監督は「次は夏ですね。勝負かけたいです」と小川の春夏連覇に期待を込めていた。