※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=増渕由気子) 無念の2位に終わり、来年以降に闘志を燃やす山岸善雄さん(石川・金沢市協会)
結びは「けがなく試合を終えて、無事に家族の元に帰ることを誓います」。試合で全力を尽くすことはスポーツマンシップとしてあるべき姿だが、格闘技では、けがをするリスクも高い。マスターズは社会人選手が多くを占める。試合の翌日には通常通りの仕事が待っている。そのことを考慮しての言葉。山岸さんの選手宣誓が心に響いたのか、会場からは例年以上の拍手と声援が巻き起こった。
■石川・星稜高校~法大でレスリングに打ち込む
山岸さんは全日本マスターズ選手権に10回以上参加している常連選手だ。石川・星稜高校~法大時代にレスリング部に所属して腕を磨いた経歴を持つ。現在は、地元、金沢で食品製造業に携わる現役の“働きマン”だ。
腕やお腹が引き締まった60歳とは思えない体を見ていると、山岸さんがいかに鍛えているかが想像できる。法大卒業後は、ずっとレスリングからは遠ざかっていて、学生時代の思い出の一つにすぎなかったが、「体だけは鍛えていた」と誇らしげに振り返る。
「昔、レスリングをやっていたことにプライドがあり、元レスラーとして恥じない体調を維持していました」。社会人になっても、ひまがあればジムでトレーニングを重ね、レスリング選手としての引き締まった体を保持していた。
転機となったのは48歳の時。高校のコーチを打診された。「高校の先輩の息子さんが星稜高校への入学が決まり、レスリング部に入ることになったんです。当時、レスリングの経験を持つ顧問が不在で、外部コーチとしてレスリングを教えることになったんです」。
■体は鍛えていたが、初参加のマスターズ選手権では完敗
星稜高でOBがレスリングを教えているという噂が広まり、金沢市レスリング協会からマスターズへの参加を打診された。「二流選手だった」と謙そんするが、山岸さんは学生時代に新人選手権2位や大学選手権4位の成績を残した腕前を持つ。学生時代に日本一になれなかったことから「今度は本当に日本一になりたい」とマスターズへの参加を決めた。
優勝を目指して闘う山岸さん
教えるにとどまらず、自分のためのトレーニングを本格的に開始し、マスターズの常連選手になり優勝も果たした。「7年くらいかかったけど、念願の日本一を達成できた」と、学生時代の“記録”を塗り替えることもできた。
■2連覇ならず、来年以降への闘志が沸いた!
今年は61~65歳部門の58kg級に参戦。昨年の56~60歳の部の55kg級に続いて部門を超えての連覇を狙っていたが、三者リーグで1敗を喫し2位。敗れた相手は65歳と年上だった。「ひどい負け方をしてショックです。また鍛えなおさないと。また来年、日本一を取り戻す」と出直しを誓った。
山岸さんは、「これからも続けますか?」という愚問にも快く答えてくれた。「80歳の方も出ていましたからね。私も負けていられない」と力強く話した。
北陸新幹線が開通し、これまでの夜行バスを使っての上京から一転して、新幹線で楽に往復できることも追い風だ。「本当に楽になった。今夜は泊って明日の朝、新幹線で帰って昼から仕事です」。生涯現役レスラー山岸さんの日本一奪還のストーリー。来年はどんな試合を見せてくれるだろうか。