※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
米国での学生レスリング・シーズンは冬。しかし、夏場でもいろんな大会があり、かなり活動しているらしい。その大会の合間をぬって日本の大会に出場し、世界選手権の日本代表を目指すことはあるのだろうか。
「チームのスケジュールもありますし、今は何とも言えないです。出場できる機会があれば、ですね」と、まずはチームの活動が優先。もし、デーブ・シュルツ国際大会(コロラドスプリングズ)やビル・ファーレル国際大会(ニューヨーク)など日本からもよく参加する大会で日本選手と一緒になる機会があれば、「うれしいですね」と期待する。
■日本や日本語との接触をあえて断ち、英語をしっかりマスターして卒業を目指す
1920年代の内藤克俊さんの時代と違い、インターネットやSNSで日本の情報が簡単に手に入り、友人や家族からの励ましもリアルタイムで伝わる時代だが、未知の世界への挑戦であることに違いはない。羅針盤のない状態で大海原を航海するような感覚で挑む世界。パイオニアなればこその苦労や孤独とは無縁ではいられまい。
しかし、米岡さんには孤独と闘おうとする姿勢がある。昨年8月、ちょうど日本女子選手がリオデジャネイロで輝いた日に米国に向かってから、友人や家族とのメールやラインでの接触はほとんどしていないという。インターネットでYahooやGoogleを開けば、日本のニュースがリアルタイムで分かり、日本にいるような感覚で生活することができる時代だが、それもシャットアウトしている。
「勉強して、単位を取って卒業するためには、日本と日本語を離れなければなりません」との信念を強く持つからだ。日本の大学が、入学は難しいが卒業は下駄をはかせてでもさせてくれる、と言われるのに対し(注=最近は授業出席が絶対条件で、単位取得もかなり厳しくなっているようだが…)、米国の大学は卒業が厳しいと言われる。きちんと卒業するためには、レスリングとともに、さらなる勉強に励まねばならない。
奨学金で生活と学校にかかる経費のかなりはまかなえるが、それでも親に年間100万円以上の負担をお願いすることになる。勉強をいい加減にしては、3年間の苦労を無駄にするだけではなく、親に顔向けできない。文武両道を目指した闘いは続く。
■英語力を駆使し、将来は世界レスリング連盟(UWW)で活躍か?
日本人の全米学生選手権優勝選手 | |||
年 | 階級 | 選手名 | 所 属 大 学 |
1996年 | 126ポンド級 | 阿部三子郎 | ペンシルベニア州立大 |
1971年 | 126ポンド級 | 藤田 義郎 | オクラホマ州立大 |
1966年 | 130ポンド級 | 上武洋次郎 | オクラホマ州立大 |
1965年 | 115ポンド級 | 八田 忠朗 | オクラホマ州立大 |
〃 | 130ポンド級 | 上武洋次郎 | オクラホマ州立大 |
1964年 | 130ポンド級 | 上武洋次郎 | オクラホマ州立大 |
1962年 | 123ポンド級 | 八田 正朗 | オクラホマ州立大 |
※全米学生選手権は1928年から。内藤克俊の時代は実施されていなかった。1ポンド=約0.45kg。130ポンドは58.97kg. |
パイオニアだからこその喜びも待っているはずだ。日本よりはるかに多くの観客の注目と声援の中で、エネルギーを存分に爆発させられる舞台に立てる喜びは、その後の人生において、朽ちることのない輝きとなってくれることだろう。歴史のスタートとして永久にその名が残るわけで、オリンピックの金メダルに匹敵する偉大な業績と言える。
将来は「アメリカにこだわらず、語学を生かして、いろんな国で働くことが夢です」とのこと。発展途上国への協力、スポーツ交流のかかわる仕事…。
もちろん「レスリングに関する国際的な仕事ができるならいいな、と思います。UWW(世界レスリング連盟)にかかわる仕事が一番やりたいことです。そういう形で日本のレスリング界に恩返ししたいという気持ちがあります」というから、今、日本のスポーツ界が求めている「国際スポーツ界の会議の場で通じる人材の育成」という方向性に合致する貴重な人材となりうる。
「向こうで、『日本人なのに、英語しゃべれるのね』といった意味のことをよく言われます。うれしい反面、『日本人は英語を話せない』という評価はとてもショックなことですね」と、日本人の国際性の欠如には残念な思いをしている。「(通訳という)第三者が入ると、自分の思いを本当に伝えられないと思います。会話、ではなくなると思うんです」と言う。
■英語だけじゃ足りない! もう1ヶ国語にチャレンジの気持ちも
「どの道、バイリンガル(2ヶ国語を話す人)では足りないので、もう1ヶ国語を取得したいと考えています。スペイン語かフランス語ですかね。話せて損、ということはないと思うんです」という向学心も頼もしい限り。女性の進出が遅れているレスリング界だが、いずれUWWの会議の場で、レスリング経験を持った英語で堂々と渡り合う日本女性の姿が見られるかもしれない。
FILA(現UWW)に限らず、かつてのスポーツ界はフランス語が主流で、フランス語で雑談ができなければ主流には入れないと言われた。英語がかなり幅を利かせてはきたが、現在のUWWはロシア語だ(注=ロシアのミハイル・マミアシビリ会長が力を持っているため)。そこで「ロシア語は?」と水を向けると、「候補に入れておきます」とにっこり。