2016.12.05

【特集】2016年世界選手権へかける(5)…男子フリースタイル70kg級・多胡島伸佳(早大)

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

(文=増渕由気子)

 70kg級でやってきたすべてを世界選手権で出し切れるか-。非オリンピック階級・世界選手権(12月10~11日、ハンガリー・ブダペスト)の男子フリースタイル70kg級代表は、全日本選抜選手権優勝の多胡島伸佳(早大)が参戦する。

 多胡島は2014年に大学2年生で学生二冠王者(全日本学生選手権、全日本大学選手権)に輝き、昨年は和歌山国体の74kg級で同年の世界選手権70kg級代表の小島豪臣を破って優勝。全日本選手権も制する活躍を見せた。

 今年も全日本選抜選手権を制して実力を見せたが、学生タイトルは手にできなかった。8月の全日本学生選手権(インカレ)と11月の全日本大学選手権の2大会連続、新進気鋭の藤波勇飛(山梨学院大)に敗れてしまった。世界選手権の代表に選出された時、「インカレで負けていたので、プレーオフがあるかもしれないと心配していた。ホッとした」と代表入りを素直に喜んだ。

■「付け焼刃で体重をいじって勝てるような世界ではない」

 70kg級でやっていく―。周囲の「リオデジャネイロ・オリンピックを見据えて74kg級へ」という勧めをよそに、2年生で学生二冠を決めた時も、74kg級で小島を倒して国体王者になった時も、多胡島の考えはぶれなかった。

 「付け焼刃で体重をいじって勝てるような世界ではない。65kg級や74kg級の3番手でいるより、70kg級で1番になり、全日本合宿や遠征などに参加した方が実力も伸びるし、場数も踏める」と、目先の結果より地力の底上げに焦点を置いていた。

 リオデジャネイロでは、井上智裕(三恵海運)が71kg級で実績を積みつつ、オリンピックの直前に66kg級に階級を変更して全日本を制覇し、その勢いでオリンピック5位の成績を残している。「非オリンピック階級の世界選手権が行われることになり、70kg級でやってきたことがアドバンテージとなりました」。全日本&全日本選抜1位の肩書が世界へのステップアップになった格好だ。

 強烈な個性を持つ多胡島の目標は、世界選手権やオリンピック出場と同じくらい、「自分のレスリングを完成させたい」だ。勝負よりレスリングそのものの完成度にこだわりが強くなる場合もある。

 だが、美学追求はもろ刃の剣。「試合巧者にならないといけないんですけどね」と反省することもしばしば。レスリング道を極めるとともに、勝負師としてのうまさやずるさも兼ね備えなければ試合で勝つことができない。多胡島はジレンマと闘っている。

 美学を捨て、がむしゃらに攻めた結果、大物を倒したことがある。昨年の和歌山国体74kg級の決勝でベテランの小島に勝った時だった。「リードを許してしまって、序盤から追いかける展開でした。2点取られても10点取られても負けは負けなので、美学とかやめて、どんどん攻めて取り返して行ったら、小島さんがばててきて、逆転勝ちをすることができました」。初めての世界選手権では、多胡島が美学と勝負師とを両立できるかが活躍のかぎになりそうだ。

■世界トップ選手に負けたことがモチベーション

 今年はオリンピックイヤー。有力選手は昨年からオリンピック階級に変更し、70kg級の強豪は少なかったが、多胡島は昨年のゴールデンGP決勝大会でトグルル・アスガロフ(アゼルバイジャン=60kg級で2012年ロンドン金、65kg級でリオデジャネイロ銀)と、今年2月のアジア選手権でアダム・バティロフ(バーレーン=元ロシア)と対戦する機会に恵まれた。

 「負けたことが僕のモチベーションになっている」と振り返る。彼らと闘った感覚は、半年以上経っても鮮明に覚えている。「今のタックル、バティロフだったら、どうさばくんだろう」と、練習相手にアスガロフやバティロフを重ねて練習する日々。非オリンピック階級でも実力を伸ばし続けられるのは、海外を視野に入れているからだろう。

 オリンピックでは、多胡島が目標としていたアスガロフやバティロフは、ともに金メダルに手が届かなかった。「自分の目標の物差しにしていた選手でも金メダルに足りなかった…。今は、その物差しに追いつくことで精いっぱい。もっと頑張らないといけないと感じています」。

 今回の大会は、今後を占う大切な大会だということは多胡島自身が分かっている。「東京オリンピックに向けて、今回の遠征はナショナルチームのスタートですよね。それを自覚して、臆病にならず、今の力を全部出せるようにしたい。もちろん、正直な攻めじゃなくて、いやらしいレスリングをしてきます」。

 多胡島は大学4年生。レスリングとプライベートは切り離すように心がけているそうだが、気晴らしに飲みに行っても、結局レスリングの技術討論に火がついていることも。学生時代のほとんどを費やした70kg級での集大成をハンガリーで見せつける。

多胡島伸佳(たこじま・のぶよし=早大)

 1994年11月21日生まれ、22歳。秋田県出身。秋田・明桜高卒。早大1年の2013年世界ジュニア選手権66kg級5位。2014年に70kg級で学生二冠(全日本学生選手権、全日本大学選手権)を制す。2015年に全日本選手権で優勝。2016年はアジア選手権5位のあと、全日本選抜選手権で優勝。172cm。