※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子) 多胡島伸佳(早大)
多胡島は2014年に大学2年生で学生二冠王者(全日本学生選手権、全日本大学選手権)に輝き、昨年は和歌山国体の74kg級で同年の世界選手権70kg級代表の小島豪臣を破って優勝。全日本選手権も制する活躍を見せた。
今年も全日本選抜選手権を制して実力を見せたが、学生タイトルは手にできなかった。8月の全日本学生選手権(インカレ)と11月の全日本大学選手権の2大会連続、新進気鋭の藤波勇飛(山梨学院大)に敗れてしまった。世界選手権の代表に選出された時、「インカレで負けていたので、プレーオフがあるかもしれないと心配していた。ホッとした」と代表入りを素直に喜んだ。
■「付け焼刃で体重をいじって勝てるような世界ではない」
70kg級でやっていく―。周囲の「リオデジャネイロ・オリンピックを見据えて74kg級へ」という勧めをよそに、2年生で学生二冠を決めた時も、74kg級で小島を倒して国体王者になった時も、多胡島の考えはぶれなかった。
昨年12月の全日本選手権に続き、今年の全日本選抜選手権でも優勝=撮影・矢吹建夫
リオデジャネイロでは、井上智裕(三恵海運)が71kg級で実績を積みつつ、オリンピックの直前に66kg級に階級を変更して全日本を制覇し、その勢いでオリンピック5位の成績を残している。「非オリンピック階級の世界選手権が行われることになり、70kg級でやってきたことがアドバンテージとなりました」。全日本&全日本選抜1位の肩書が世界へのステップアップになった格好だ。
強烈な個性を持つ多胡島の目標は、世界選手権やオリンピック出場と同じくらい、「自分のレスリングを完成させたい」だ。勝負よりレスリングそのものの完成度にこだわりが強くなる場合もある。
だが、美学追求はもろ刃の剣。「試合巧者にならないといけないんですけどね」と反省することもしばしば。レスリング道を極めるとともに、勝負師としてのうまさやずるさも兼ね備えなければ試合で勝つことができない。多胡島はジレンマと闘っている。
昨年の国体で強豪の小島豪臣を破り、壁を乗り越えた多胡島(赤)=撮影・増渕由気子
■世界トップ選手に負けたことがモチベーション
今年はオリンピックイヤー。有力選手は昨年からオリンピック階級に変更し、70kg級の強豪は少なかったが、多胡島は昨年のゴールデンGP決勝大会でトグルル・アスガロフ(アゼルバイジャン=60kg級で2012年ロンドン金、65kg級でリオデジャネイロ銀)と、今年2月のアジア選手権でアダム・バティロフ(バーレーン=元ロシア)と対戦する機会に恵まれた。
「負けたことが僕のモチベーションになっている」と振り返る。彼らと闘った感覚は、半年以上経っても鮮明に覚えている。「今のタックル、バティロフだったら、どうさばくんだろう」と、練習相手にアスガロフやバティロフを重ねて練習する日々。非オリンピック階級でも実力を伸ばし続けられるのは、海外を視野に入れているからだろう。
今年2月のアジア選手権(タイ)で元ロシア代表のアダム・バティロフ(バーレーン)と対戦
今回の大会は、今後を占う大切な大会だということは多胡島自身が分かっている。「東京オリンピックに向けて、今回の遠征はナショナルチームのスタートですよね。それを自覚して、臆病にならず、今の力を全部出せるようにしたい。もちろん、正直な攻めじゃなくて、いやらしいレスリングをしてきます」。
多胡島は大学4年生。レスリングとプライベートは切り離すように心がけているそうだが、気晴らしに飲みに行っても、結局レスリングの技術討論に火がついていることも。学生時代のほとんどを費やした70kg級での集大成をハンガリーで見せつける。
多胡島伸佳(たこじま・のぶよし=早大)
1994年11月21日生まれ、22歳。秋田県出身。秋田・明桜高卒。早大1年の2013年世界ジュニア選手権66kg級5位。2014年に70kg級で学生二冠(全日本学生選手権、全日本大学選手権)を制す。2015年に全日本選手権で優勝。2016年はアジア選手権5位のあと、全日本選抜選手権で優勝。172cm。 |