2016.09.18

【特集】リオデジャネイロ総括&2020年東京オリンピックへ向けて…福田富昭会長インタビュー(1)

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

 女子の金メダル4個獲得と男子のメダル獲得の伝統継続という結果を残したリオデジャネイロ・オリンピックが終わった。だが、「祭りのあと」は短く、余韻に浸ることができるのは束の間。すぐに次の闘いがやってくる。

 いや、世界ジュニア選手権(フランス)や世界カデット選手権(ジョージア)で次世代の選手が奮戦し、2020年東京オリンピックへ向けた闘いは、もうスタートしている。

 日本協会の福田富昭会長に、リオデジャネイロ・オリンピックを総括してもらうとともに、東京オリンピックの勝利へ向けて、さらにIT(インフォメーション・テクノロジー)時代における組織づくりについてなどを聞いた。(聞き手=樋口郁夫)


■男子のメダル獲得継続を評価、太田・樋口両選手には深く感謝

 ――最初に、リオデジャネイロ・オリンピックを振り返っていただきたい。
 
 福田 まず、男子が伝統を守ってくれたことを評価したい。日本のレスリングは、戦前の1924年パリ大会で米国在住だった内藤克俊さんが銅メダルを取ったことに始まり、戦後初参加の1952年ヘルシンキ大会で石井庄八さんが金メダルを、北野祐秀さんが銀メダルを獲得。その後、一度もメダルを逃していない(不参加だった1980年モスクワ大会を除く)。今回で16大会連続、64年間にわたってメダルを取り続けてくれた。伝統を守ってくれた太田忍(ALSOK)、樋口黎(日体大)の両選手には深く感謝したい。この流れを次の東京大会に続けてほしい。

 ――今回はメダルの伝統が途切れることも覚悟していたのでは?

 福田 フリースタイル2階級、グレコローマン2階級の4階級し出場できなかったからねえ…。確率からすれば、今までよりぐっと低い。メダルが途切れるかもしれないという危機感は感じていた。4選手出場で2個の銀メダル獲得は、日本の力を見せてくれたと思う。

 ――相変わらず審判の判定が問題になっていた。不可解なジャッジによって、世界レスリング連盟(UWW)から永久追放となった審判もいた。樋口黎選手の決勝も、最後、相手のジョージア選手が樋口選手の手首を固くロックして防御していたことにコーション(1点)が与えられるべきだ、という声があった(注=防御のみを目的として相手の体の一部を長時間固めるのはコーションの対象)。

 福田 審判の問題は今に始まったことではない。何十年も続いている問題。審判全体の質は向上していても、(国同士の結束は)いつまでたっても直らない。一人の力ではどうしようない。審判から文句をつけられない試合をすることしかない。だれがどう見ても2点、4点の技を取ればいい。ごろごろとなって、どちらにポイントがついてもおかしくない試合をしてはならない。そう指導している。審判も敵。文句のつけられない技を出すことしか、この問題は解決できない。

■軽量級だけではなく、重量級も強化して全階級でオリンピックへ

 ――男子は各スタイル2選手の出場だったことで、その選手をとことん強化でき、それによってこの結果につながったのでは、という声も聞いた。今後の強化として、かつての北朝鮮が軽量級に特化していたように、勝てる階級を徹底的にやる、ということもあるのでしょうか。

 福田 少数精鋭主義、という考え方もあるが、それだと、夢を持てなくなる選手もいる。少年少女の競技人口が増えている。重量級は強化しない、という現実を知ったら、重量級の選手の希望がなくなる。勝てる階級はとことん強化するのは当然だが、どの階級もオリンピックに出場できるよう、軽量級、重量級ともに強化することが必要だ。また、普及と強化の二本柱は崩したくない。

 ――ハイパフォーマンス・サポート(旧マルチ・サポート)の力も大きかったように思う。

 福田 現地で練習場の提供があったのは大きかった。以前はレスリングと柔道、フェンシングも加わった時があったが、独自に地元の学校や体育館と交渉して練習場を確保しなければならなかった。今回は練習場を確保してもらい、とても助かった。何回か足を運んだが、練習がしっかりできることのほか、日本食の提供があったこと、シャワーではなく風呂に入れたことも大きかった。コンディショニングの面で大きな力になってくれた。外国選手の映像提供も勝利に貢献してくれたと思う。

 ――銀メダル2個で男子にも祝勝ムードが出ているが、各スタイル2階級しか出場権を取れなかった現実を忘れてはいけない。ロンドン・オリンピックで好成績(金1・銅2)を挙げたのに、その後3年間の世界選手権では銀メダル1個だった。ロンドンの勢いをきちんとつなげていれば、4階級しか出場できない、なんてことはなかったと思う。

 福田 原因として、学生のレベルが落ちていることが挙げられる。リオデジャネイロには学生の樋口、卒業したばかりの太田が出場したが、学生が数多く世界に出て闘えるようでなければならない。去年、学生の大会に行き、学生連盟の指導者を集めて、全日本合宿に学生の優秀選手を積極的に参加させるなどして学生のレベルを上げることを要望した。その前に、私が会場に行っても、あいさつもできない選手ばかりだった。「自分の競技の会長が来ても、あいさつもできない選手ばかりとは何ごとか」と怒った。そうした姿勢、雰囲気が学生の質の低下につながっている。

■吉田沙保里の銀メダルは、金メダル以上の価値

 ――女子についてお聞きしたい。金メダル4個については申し分ない。

 福田 日本人のいいところは3つある。「まじめ」「こつこつやる」「最後まであきらめない」だ。今回は「最後まであきらめない」という部分が大きかった。

――吉田沙保里選手も金メダルを手にしてほしかった。

 福田 銀メダルだったが、金メダル以上の銀メダルだと思う。味の素トレーニングセンターや十日町での練習を何度も見たが、常に先頭に立ってやってくれていた。チームを引っ張ってくれたのは吉田だ。どの選手も吉田を目指してやってきた。吉田がつらいトレーニングを真っ先にやったことで、他の選手も必死になってやってきた。そのおかげで金メダルを取れた。若い選手が金メダルを取れたのは、吉田のおかげ。本当に感謝したい。その功績に対して、プラチナのメダルを贈呈したいと思う。

 ――準決勝までは好調だったが、決勝は、なぜか吉田選手の動きではなかった。

 福田 「オリンピックには魔物が棲(す)む」と言われるが、そんな感じだった。1984年のロサンゼルス・オリンピックでの高田裕司(現日本協会専務理事)もそうだった。サバン・トルステナ(ユーゴ)という練習でくちゃくちゃにやっつけた相手に対して、なぜが動けず、8-8の内容差で負けた。そんなことが起こりうるのがオリンピック。吉田も何かにとりつかれたのかもしれない。

 ――「たら、れば」の話になってしまうが、昨年の世界選手権からオリンピックまでの間、一度も国際大会に出場しなかったことがマイナスになったのでしょうか。金メダルを狙うような選手で、世界選手権のあと国際大会を一度も経験せずにオリンピックへ臨んだ選手は、吉田選手と男子グレコローマン59kg級のキューバ選手だけでした。

 福田 コンディションづくりの面で、本人の選択だと思う。外国選手には負けない、という自信があってそうしたのだと思うが…。何とも言えない。

(続く)