※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
日の丸を掲げ、天国の母に優勝を報告する伊調馨(ALSOK)
2014年11月に突然の別れ。天国にいる母・トシさんとは、よく“会話”している。「こんなにも天井を見上げたオリンピックはないなと。必ず上を見て、母としゃべってから試合に臨みました。今日の試合、もっといい試合がしたかった」。“ごめんなさい”の意味は内容が満足いかないものだったからだ。
4度目のオリンピックは初戦から相手に脚を獲られてバランスを崩すなど、伊調らしさ全開とはいかなかった。2試合目には先制された。準決勝は快勝して4連覇に王手をかけたが、最後まで伊調らしさは戻らなかった。
■2年前の世界選手権で勝った選手が決勝の相手だが…
決勝の相手は、ワレリア・コブロワ(ロシア)。55kg級時代の2012年のワールドカップ(東京)で吉田沙保里に黒星をつけた選手。今大会では、1月のヤリギン国際大会(ロシア)で伊調を下して優勝したオーコン・プレブドルジ(モンゴル)に完勝するなどして決勝に進出してきた。
終了直前、死力を振り絞ってポイントを取りにいった伊調
コブロワは確実に進化。距離を置いてディフェンスに徹しつつ、機を見て高速タックルで伊調から2点をもぎ取った。第2ピリオドになっても伊調のギアは変わらず、リードされたまま。4連覇がかかる試合だけに、終盤になると会場からは悲鳴に近い”日本コール”とロシアの声援が交錯した。
「攻めないといけないと思ったら、相手が入ってきたので、ここを取れたら勝てるかもしれないと思った」。コーチによると、伊調は「完成度の高いオールラウンドマルチプレーヤー」。タックルもできれば、ディフェンスも超一流。相手のタックルを切って、つぶしてバックを奪うというパターンも完成度の高い伊調の持ち技のひとつだ。
伊調がコブロワの背後にまわり、確実にテークダウンを奪うとレフェリーは2点を示唆。土壇場で3-2と逆転し、4連覇を知らせるブザーが鳴った。「お母さんが助けてくれた」。日の丸を手に「ありがとう」とつぶやいたのは、最後のチャンスは母からのプレゼントだからだと思ったからだ。
「内容はダメダメで、もっといい試合をしたかったな、という悔しい気持ち。自己採点は30点」と、いつもと同じ辛口採点。伊調にとって試合内容だけ抜き出せば散々な結果に映っただろう。「レスリング選手としては出直してこいという感じ」。
4本の指を立て、4個目のオリンピック金メダルを掲げる伊調
■4回目のオリンピックは、伊調にとってどんな大会?
姉妹で金を狙った2004年アテネ大会、2008年北京大会。理想のレスリングを追求した2012年ロンドン大会。4度目の今回のオリンピックは、「これまで応援してくれたみんなの力が私に力を与えてくれた。今まで一番うれしい金メダル」と、家族や仲間に支えられたことを実感したオリンピックになった。それに気がつかせてくれたのが、1月の敗戦だったのかもしれない。
「4年後はすぐ来る」と、現役続行をその場で示唆したロンドン大会とは違って、今回は「5連覇に向けては今は考えられない。今回がとりあえず一区切り。そのために最後、マットや応援してくださった方に礼をした」と、集大成を強調。「当分、金メダルの余韻に浸りたい」と重圧からの解放を望んだ。
一方、30点と評価したレスリングを磨き上げるために、「また練習してみたい」と自身のレスリングスキル向上には興味を示した。
階級変更、母との別れ、そして13年ぶりの敗戦。4連覇とはいえ、すべてが新しい挑戦だった伊調のリオデジャネイロ・オリンピックが終わった。伊調が金メダルの余韻に浸り切り、新しい目標が明確になった時、どのように活動を再開するのか。それは選手か指導者、それとも――。