※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
【リオデジャネイロ/文・撮影=布施鋼治】レスリング競技第2日の8月15日、日本選手はだれも出場しないレスリング会場で、元レスリング担当で現在は朝日新聞リオデジャネイロ支局の柴田真宏支局長の姿があった。
ブラジルでのレスリングが置かれた状況など現地で取材し続けている記者でしか分からないことを聞くと、日本で報道されているリオデジャネイロと現地での”温度差”が浮き上がって来た。
--いつからブラジルに?
柴田 2011年、ブラジルに1年間留学したんですよ。それから、いったん帰国して、2013年から現在まで滞在しています。通算すると4年以上いることになりますね。ポルトガル語は完ぺきじゃない。英語ほどにはならないけど、こちらでずっと取材しています。
--取材対象はスポーツのみならず全般?
柴田 何か事件とかあったら、スポーツに関係なく取材しています。2013年に来た時にはちょうど(サッカーの)ワールドカップがありました。それが終わったら、オリンピックに向けた取材が増えましたね。 元レスリング担当の朝日新聞・柴田真宏リオデジャネイロ支局長
柴田 ワールドカップの時には全国的に何十万人という規模での反対運動があったけど、オリンピックに関しては、「ほとんどない」と言っていいほど反対運動はない。サッカーほど国民はオリンピックに関心がないということです。(競技種目の大半を)リオデジャネイロでやっているので、全国的に広がっていない。あと、サッカーは汚職のイメージがあったけど、オリンピックに関していえばそこまでのマイナスイメージはない。逆にオリンピックを開催するメリットはいっぱいあって、今までリオデジャネイロはインフラ整備が遅れている都市だった。オリンピックのおかげで交通網が整備されたんですよ。それを実感している人たちも多いと思います。
--日本では治安の悪さが繰り返し報道されています。
柴田 こちらに来て分かると思いますが、オリンピックの期間中はブラジル全体から警察や軍隊が来ているせいか、治安は思ったほど悪くはない。でも、彼らがいなくなると、リオの治安は悪くなるんじゃないかという声もあります。
──現在、ブラジルのレスリングは?
柴田 この国のスポーツは99%がサッカーといっていい。サッカーは宗教ともいわれているので、レスリングはマイナー競技のひとつです。ただ格闘技自体はすごく盛んで、柔道もあれば(ブラジリアン)柔術もある。柔道の競技人口は日本より多いという話もあるくらいです。アメリカのUFC(総合格闘技)も、ブラジルで開催すればお客さんも入し、テレビもゴールデンタイムで放送している。その人気は一時期の日本のプロレス黄金時代に匹敵するといっていい。にもかかわらず、レスリングの競技人口が少ないのはちょっと不思議ですね。
--オリンピック代表になるという目的で、レスリングが盛り上がるというムーブメントはなかった?
柴田 今回のオリンピックのレスリングにブラジルの代表が出ても、簡単に負けてしまう。そういうレベルなんですよ。すそ野が広がっていない。いま、サンパウロに大きなレスリング・クラブがあって、そこでやっているくらい。草の根的に育っていない印象があります。
--まだ途中ですが、オリンピックでのブラジルの成績は?
柴田 思ったほどメダルも獲れていなくて、成績はあまり良くない。当初はメダルの獲得数でトップ10に入るという目標を掲げていました。ちょっと難しそうな状況です。柔道や体操など、強いことが分かっている競技しかメダルは獲れていない。レスリングとか今まで注目を浴びていない競技を強化していい成績を取れれば、もっと盛り上がったと思う。ブラジル全体でサッカー以外のスポーツが広がるチャンスだったけど、その機会を逸してしまった感がありますね。
--リオでの開催が決定してから、今まで注目を浴びていなかった競技に長期的なプロジェクトを組んで選手を育成していく、という選択肢はなかった?
柴田 おっしゃる通りです。ブラジル人は平均して計画性がない。中には海外から何十人という指導者を集めて強化をはかろうとした競技もあった。ところが、2~3年前からブラジルの経済状況が急に悪くなって、(現地通貨である)レアルのレートも落ちてしまった。そうなると、予算もなくなるので、以前のように海外遠征とかができなくなってしまう。なので、直近の国際大会の戦績も悪いままオリンピックを迎えてしまった。そんな状況なんですよ。