※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
銀メダル獲得の太田忍(ALSOK)
リオデジャネイロ・オリンピック男子グレコローマン59kg級は、太田忍(ALSOK)が、初出場ながら4試合を勝ち抜いて決勝に進出。決勝は昨年の世界チャンピオンのイスマイル・ボレロ・モリーナ(キューバ)に0-8のテクニカルフォールで敗れて銀メダルだったが、リオ大会のレスリング競技の最初の登場にしてメダル第1号に輝いた。
■グレコローマン全日本チームの背水の陣の強化が実る
オリンピック1次予選を兼ねた昨年の世界選手権(米国・ラスベガス)で惨敗し、「メダル0の危機」と言われていた男子だけに、大会初日にメダルが取れたことで、関係者は一同に胸をなで下ろした。西口茂樹・男子グレコローマン強化委員長(拓大教)は「メダルが獲れてホッとしている」と本音を吐露。昨年9月からの日本グレコローマンの並々ならぬ強化の努力が実を結んだ。
けれども、太田自身は露骨に悔しさをあらわにした。初戦のロンドン大会55kg級金メダリストのハミド・スーリヤン(イラン)をはじめ、2回戦で世界選手権3位のアルマト・ケビスパエフ(カザフスタン)、3回戦で北欧のベテラン選手、スティグ・アンドレ・バージ(ノルウェー)、そして準決勝で世界選手権2位のロブシャン・バイラモフ(アゼルバイジャン)と、強豪を軒並み破っての銀メダルにも関わらず、試合直後は悔しさで顔をゆがませ、表彰台では悔し涙。メダルをかけた感想を聞くと「金メダルがよかったなと思います」とつぶやいた。 終了間際の猛攻でロンドン金のハミド・スーリヤンを破る
太田は今年4月にALSOKに入社したばかり。リオデジャネイロは集大成ではなく、本格的な”プロ選手”としての始まりの年。銀メダルに酔いしれることはせず、「金メダルを目指してきたのに、世界で2番目の練習しかできなかった。でも、やってきたことは間違いないので、これから練習して、世界で一番になります」と、今後のプランについて頭がいっぱいだった。
■今回の作戦については一定の満足感も
今回、太田が目指した形は、胴タックルとがぶり返しというスタンド攻撃を軸とした闘い方だった。世界選手権の経験はないが、アジア選手権2位など実績を積み重ね、アクロバティックな試合展開に、名前の「忍」という漢字から、「ニンジャ・レスラー」という愛称もつくほど知名度も急上昇。
一番の得意技である胴タックルが研究されていることを見越して、がぶり返しを第2の主力技として磨き上げてきた。太田は「自信を持って出せる技が、要所で決まった」と思い通りの試合もあったが、「決勝のキューバ戦では何もさせてもらえなかった」と、自分がまだ世界の頂には及ばないことも実感したようだ。
「日本に帰ったらもっと練習して、今後は金メダルを獲る。4年後の東京? もちろん目指します」と、2020年の東京大会で銀メダルを金メダルに磨き上げるつもりだ。
■家族と恩師の思わぬハプニングをも力に「絶対に決勝に残る」 決勝で敗れ、悔しさをにじませる太田
試合は朝10時から昼過ぎまでに準決勝までが行われる日程だった。「勝村先生たちが遅れていることは知っていました。僕が決勝まで勝ち上がらないと、先生たちは僕の試合を見れずに終わってしまう」。
ブラジルは日本の裏側とも言われ、最も移動に時間がかかる国のひとつ。着いたら試合が終わっていた、とさせるわけにはいかなかった。家族と恩師のアクシデントに、初戦の相手がロンドン大会金メダリストのスーリヤンだろうが、絶対に勝ち抜くんだという気持ちは倍増したことだろう。
スーリヤンにはラスト20秒まで負けている苦しい展開だった。そこから「無我夢中で、死にもの狂いで胴タックルを狙った」と勝負をかけた攻撃が、相手の場外逃避につながり、コーションによる2点をゲット(グレコローマンは、場外逃避であってもコーションに対して2点が入る=動きの中で場外へ足が出てしまった場合はコーションなしの1失点)。
「自分のプッシュ(による反則)を取られてもおかしくない中、場外逃避となりました。攻めた結果です」と土壇場で逆転した。
「これで勢いに乗れた」と一気に決勝まで勝ち進んだ太田。ロンドン金、世界2位、世界3位と猛者たちを倒しての銀メダル。鮮烈な“世界デビュー”となったリオデジャネイロ・オリンピックは、太田にとって世界1位への最高のステップとなった。