※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治、撮影=矢吹建夫) 58kg級で再起した2014年55kg級世界女王の浜田千穂(日体クラブ)
「今日は自分から攻めて取ろうという気持ちがあった。決勝では攻めたところを返されて先制点を許してしまったけど、取られても取りにいこうと思っていましたから」
1年前のこの大会。リオデジャネイロ・オリンピックへの出場キップを獲得するため、世界選手権代表を目指して53kg級に挑んだ浜田は、準決勝で入江ななみ(九州共立大)にコーションポイントが響いて敗れると、心の中で何かがガシャンと音を立てて崩れ落ちた。
「吉田(沙保里)さんを見すぎていた。東京オリンピックを争っていく選手(入江)に僅差で負けてしまったので、こんな思いをするなら、もういいかなと思ってしまったんですよ」
それからも、「辞めたい自分」と「辞めると言い切れない自分」のせめぎ合いが続いた。昨年夏には1ヶ月以上マットから離れた。10月に出場した全日本女子オープンでは、55㎏級決勝で向田真優(JOCエリートアカデミー/東京・安部学院高=現至学館大)に敗れた。
その後、クリナップには退社の意向を伝えた。周囲には、「もう少し頑張ってみたら」と温かい声をかけてくれる人もいたが、浜田は気持ちに踏ん切りをつけることはできなかった。
今年1月のヤリギン国際大会(ロシア)が“引退試合”になる可能性もあった。結果は負けるような相手ではない相手に負けて準優勝に終わった。そこで初めて浜田の気持ちは固まった。「負けて本当に悔しいと思える自分がいた。もう少しやってみようと考え直しました」
■マイナスからの再スタートで4年後を目指す
3月31日に退社すると、アスリートに安心して競技に取り組める環境をJOCが斡旋する就職支援制度『アスナビ』で新たな引き受け先を捜した。そんな浜田を後押ししたのは、練習の拠点・日体大レスリング部の面々だった。ある日、同部の松本慎吾監督から言われた一言が浜田をさらに奮い立たせた。 決勝で闘う浜田千穂
そう突っ込まれると、素直にうなずく自分がいた。「この1年間は本当に辛かった。でも、そういう時期があったからこそいまがあるんだと思いますけど」
今回初めて58㎏級にエントリーしたのは、減量がかなりきつくなってきたからだ。「53㎏まで落ちないことはないけど、試合になったらいい動きができないという面がある。だからといって、まだ58㎏級で通用する体ではない。これからちゃんと世界の舞台に立って、いまの世界がどういうものかを自分で感じてから、どっちにするか決めたい」
アスナビでの就職活動が実り、「ぜひ支援したい」と名乗りをあげる企業も現れた。キッコーマンだ。7月から浜田はお世話になる予定だ。「今回、私がレスリングを続けるために本当にたくさんの人が協力してくれた。その感謝の気持ちを忘れずに4年後の東京を目指したい」
浜田はマイナスからの再スタートであることを自覚している。これからどこまでプラスに持って行けるか。もうレスリングから逃げている浜田はいない。