※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
イランの女子レスリングの現状を話すファルナス・パナヒーザデさん
イランで女子レスリングが解禁されてから約1年が経った。オリンピック・レスリングではなく、世界レスリング連盟(UWW)がレスリングのスタイルとして認めている「アリシュ」(ベルト・レスリング)と関節技のあるレスリングの「グラップリング」だが、当初は10人程度だった選手数が、現在では100人を超えているいという。
3年前にオリンピック競技からの除外の危機を迎えたレスリングが、オリンピックの中核競技として認められるためには、国際オリンピック委員会(IOC)の掲げる男女平等の理念を遵守することが必要。その最後の壁がイランの女子レスリングだと言われている。
アジア選手権(タイ・バンコク)に、UWW女性委員会のメンバーとして参加していたファルナス・パナヒーザデさん(34歳=イラン協会国際部門ディレクター)に、イランの女子レスリング事情を聴いた。(聞き手=樋口郁夫、朝日新聞記者/通訳=武田明子)
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――イランでは長い間、女子のレスリングが存在しませんでした。現在のイランの女子レスリングの事情を教えてください。
パナヒーザデ「アリシュと呼ばれているトラディショナル・レスリングで女子の取り組みが始まりました、世界レスリング連盟(UWW)がレスリングのスタイルとして認めているアリシュは、トルコやトルクメニスタン、タジキスタンなど中央アジアで盛んに行われているレスリングのスタイルです。イランの女子が取り組むことになったのは、肌の露出がないからです。イスラム教の教えで、私たちは肌を露出することができません。そのため、女性はレスリングをやることができませんでした。しかし、アリシュならやることができます。同様に、UWWのスタイルのグラップリングも肌の露出がないので、最近、取り組み始めました。昨年はトルコで行われた世界選手権に初出場し、銅メダルを3個取っています」
アリシュの大会で闘うイランの女子レスリング選手=UWWホームページより
――イスラム教の教えでは、女性がレスリングをやること自体を禁止しているわけではないのですね。
パナヒーザデ「禁止していません。髪の毛と肌の露出がいけないのです。他のスポーツでも、髪と肌の露出はできませんので、必ず隠しています。しかし、レスリングのシングレットはどうしても肌が出てしまいます。そのため、やることができなかったのです。イランの女性がレスリングをやるとしたなら、アリシュやグラップリングなど道着を着てのレスリングになります。やっとスタートしました」
――オリンピック・スタイルのレスリングが、肌が露出しないようなシングレットなら、できるわけでしょうか。
パナヒーザデ「昨年のラスベガスでの世界選手権の際、UWWに対して体のすべてを隠すようなシングレットを提案しました。まだ提案の段階で、UWWからの回答はありません」
――同じイスラム教が主流の国でも、エジプトやトルコなどでは女子のレスリングをやっています。カタールで行われた2010年のアジア大会でも女子が行われました。イスラム教の教えに反しないのですか?
パナヒーザデ「同じイスラム教であっても、それぞれの国でオピニオン(考え)があります。外出の際にスカーフを着用するのは共通の義務ですが、一部の国は仲間内では必要ないなど、ゆるやかになっています。昨年の世界選手権の時、エジプトの選手がスカーフを着用してマットに上がりましたが、ルールでは認められていないので、外して闘いました。ジャーナリストは許されていないので、私は常にスカーフをしていました」
――イランでは、女子の水泳などもやっていないのですか?
パナヒーザデ「女性だけの会場でやっています。男子禁制の場所です。肌の露出がある競技には、男子は入ることができません」
――レスリングも、男子禁制の場所でやればいいのではないですか?
パナヒーザデ「そうですね。なぜ、やらないのでしょうね…。おそらく、イランの女性はレスリングのシングレットを着ることに抵抗があるのだと思います。そのため、女性の方から『レスリングをやろう』という声があがらないのだと思います」
――女性が会場でレスリングを観戦することも禁じられていると聞いています。
パナヒーザデ「見ることはOKとなりました」
メジャー大会は1万人以上の観客が集まるイランのレスリング。全員が男性だった!
――え? 観戦は解禁されたのですか?
パナヒーザデ「以前は禁止されていました。最近、OKとなりました」
――いつから解禁されたのですか?
パナヒーザデ「詳しくは覚えていません。昨年のワールドカップ(男子グレコローマン=5月)からだったような気がします。女性へのレスリングの開放は、ゆっくりですが、一歩一歩進んでいます。急に変わることはないと思います。一歩一歩やっていくことが大切だと思っています。時間はかかりますね」
――ロンドン・オリンピックの試合会場の観客席で、スカーフを着用していないイラン女性を多く見かけました。
パナヒーザデ「国内では義務づけられていますが、外国へ行った時は本人の意思に任されています」
――その理論からすれば、イラン女性が外国でシングレットを着てレスリングをやることは問題なし、となりますね。
パナヒーザデ「(苦笑)。現段階では、イランの協会が大会への出場を認めないでしょうね…。国際大会に出場することはできないと思います」
《続く》