※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子) 全日本選手権に出場する礒川孝生・徳山大監督
米満は今年初めに、湯元は10月の和歌山国体で引退を表明。松本は12月の全日本選手権にエントリーしなかった。
ロンドンの男子のメダリスト全員が出場しないことになったが、男子フリースタイル96kg級に出場した磯川孝生(徳山大職)は今年、6月の全日本選抜選手権と9月の和歌山国体に続いてエントリーした。
礒川は現在、徳山大職員として働くかたわら、同大学のレスリング部の監督、そして西日本学生連盟の強化委員として指導にまい進している。仕事と指導に加えて選手活動を続ける磯川に、闘い続ける理由を聞いた。
28歳でロンドン・オリンピックの夢舞台を踏んだ磯川は現在31歳。来年のリオデジャネイロ・オリンピック時には32歳となっている。徳山大のレスリング部監督に就任した後も、「ロンドン・オリンピックが終わってから、西日本学生連盟の強化委員をさせていただいています。強化に携わる上で、少しでも体が動くなら、一生懸命準備して出場するのが僕にはあっているのかなと思って」と、毎年国体には出場し、現役を続けてきた。 徳山大を指揮する礒川孝生監督
現役選手から見ると、オリンピアンである磯川は憧れの的だろう。だが、選手としての実力はロンドン・オリンピックに出場した時と比べると、劣っているのが現実だ。ロンドンの後に出た大会では、2014年長崎国体で荒天によりベスト8が全員1位と認定された以外、表彰台から遠ざかっている。
「レスリングは中途半端な練習で勝てる競技ではありません。試合に出ない方が僕の自身の評価を落とさなくて済むかもしれない。負ける姿をさらすのはとても勇気がいるのです」。
オリンピアンのプライドに執着せず試合に出る理由は、西日本学生連盟の強化委員を任されていることが大きい。「僕の使命は2020年の東京オリンピックに西日本出身の選手をマットに上げること。西日本の選手たちのために、僕の体が動けるならばチャレンジするべきだと思った」。
オリンピアンという肩書は、「すごい人」というパワーを持つのは確かだが、具体的に伝わらないのも事実だ。磯川コーチは、オリンピアンの何がどうすごいのかを、口だけの指導ではなく、自らがやってみせる具体的な指導で学生たちを鼓舞してきた。
■「ぶざまな試合になっても、出場する意味がある」
世代交代は進み、97kg級の第一人者は2013年世界選手権8位の山口、それを追うのが、2014年世界選手権代表の鈴木聖二(岐阜・岐阜工高職)らで、学生界にも頼もしい若手がたくさんいる。 2012年ロンドン・オリンピックで闘う礒川監督
磯川を相手に、若手選手は目の色を変えて闘いを挑んでくる。オリンピアンとして威厳を守りたいところだが、山口や3年連続学生二冠王者の山本康稀(日大)などの若手選手に“金星”を与えたこともあった。けれども磯川は「若手が“チャンピオン”という壁を乗り越えることで、また強くなる。米満も池松さん(和彦=元世界3位、オリンピック2度出場)を乗り越えたことが、金メダルにつながったと思う」と、全日本の若手強化のためにも、自分が体を張って闘い続ける道を選んだ。
磯川自身にも試合に出る収穫は、もちろんある。ロンドンの時と今ではルールも階級も違う。指導者としてのスキル向上は、ルールの研究から始まるといっても過言ではない。トーナメントを勝ち抜けなかった悔しさが、指導のヒントになったことも数知れない。
3年間、仕事、指導、選手と3つの顔を持ってそれぞれに全力投球してきた磯川。「今回は僕自身のけじめの大会としたい」と、現役最後となる気持ちで取り組んでいることを明かした。「今回で一区切りにしたいと思っています。ベストにもっていける最後だと思っている。学生たちに恥じない努力をしたい。ベストを尽くして勝ちに行きます」。
王者・山口に1点差だった6月。あれから半年、磯川が王者を追い越しているか否か―。