※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫) 苦労の末、全国優勝を達成した大野恵太郎(熊本・タイガーキッズ)
タイガーキッズクラブは父・豊重さんがコーチを務める熊本の強豪チーム。大野は4歳からレスリングを始めた典型的なキッズあがりの選手。だが、全中とこの大会を合わせて、6度出場できる全国大会には3度しか出場していない(全中1度、全中選抜2度)。
現在の中学生はオープン参加で予選はなく、要項を満たしていれば誰でも出場できる。親など血縁関係者がコーチの場合、とりあえず参加する選手が多い中、大野は、「親の言うことを守らなかったから」と父の“出場規定”に達せず、1、2年はほとんど全国大会に出場させてもらえなかった。
それが豊重さんの教育方針。「レスリングのほか、あいさつ、片づけなど日常の生活も大切。そして勉強も。決して高い成績は望まず、一生懸命やれば平均値でもいいと思っていたが、それができていなかったので出場させないことが何度もありました。レスリングに関しても、全国大会に出るという気持ちと精神力がなかった」。
要するに“参加賞気分”では全国の舞台に立つ資格がないという考えだ。エントリーしておきながら、全国に行く器にないと直前で出場を取りやめたこともあったそうだ。
クラブからは多くの選手が全国大会で優秀な成績を収めて帰ってくる。大野にとって、「仲間の活躍をインターネット見てうらやましいと思った」と悔しい日々が続いた。父親に認めてもらうため、日常生活の改善や勉強に取り組み猛アピールし、初出場を許された今年の全中で3位に。今大会は2度目の出場で第2シードの位置についた。
■豪華舞台に、「これ、夢じゃないかなと思った」と思った試合前
大野は「第2シードになり、緊張したけれど、全国の舞台に出られることがうれしかった」と、実力を発揮して決勝の舞台へ駒を進めた。決勝は、入場曲が流れ、アナウンサーが大野の紹介もしてくれる豪華な演出。大野は「これ、夢じゃないかなと思った」と試合前から感無量だった。 優勝を決め、控えめにガッツポーズ
大野は「全中より体が動いていない部分があったが、今回は勝ちにこだわりたかった。10年間レスリングをやって、その成果が出た」とうれしそうに話した。
満面な笑みを見せる大野に対し、父の豊重さんの表情は硬かった。「息子が優勝したという点はうれしいけれども、内容はいい加減なところも多かった。たまたま息子が勝ったという感じでしょうか」と辛口評価。
けれども、日常を共にしている親子には絆があった。別々にインタビューしたが、親子そろって同じことを口にした。「ここがレスリングを続けていくためのスタートなんだ」-。
中学最後の大会は、レスリング人生の総決算ではなく、高校で続けるためのスタートに過ぎない。大野は最後に「強い高校に行って、高校1年生からインターハイや国体に出たい」と抱負。燃え尽き症候群とは無縁の大野が、高校トップレスラーとして幸先のいいスタートを切った。