※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=池田安佑美、撮影=矢吹建夫) 大きな金メダルを掲げる登坂絵莉(至学館大)
登坂の女王の真価が問われる大会だった。過去2度の優勝は、ロンドン金の小原日登美を最も苦しめた選手でもあるスタドニクと闘わずして取った金メダル。今年こそ、強敵を倒して優勝することが、登坂の使命でもあった。
その重圧に度重なるけがもあり、登坂の表情は常に緊張した面持ちだった。動きも固く、準決勝のカナダ戦では6-0から終盤に4点を追い上げられた。試合後、「あぁ、全然ダメだ…」と天をあおぐ一面もあった。
決勝では最大のライバルと対峙(じ)した。実は、決勝を前に登坂の心の中は揺れていた。準決勝を勝ったことで、日本協会の規定により、リオデジャネイロ・オリンピックの代表をほぼ手中にしたからだ。「リオも決まって、満足した自分がそこにいた」。初出場を目指す選手にとって、4年に1度のオリンピックは最大の夢。気持ちが切れるのも無理はない。
だが、同じく決勝を控えていた吉田沙保里(ALSOK)から「(準決勝が)終わりじゃないんだから、ちゃんと優勝しなさい」と叱咤激励されたことで目が覚めた。 勝利が決まって涙、涙、の登坂
それが審判には消極的な姿勢と映ったのだろう。第1ピリオドにアクティブタイムを受けて1失点してしまった。この時点で、オリンピック出場に満足した登坂は完全に消えていた。どんな形でも結果にこだわるため終盤に仕掛けることを決め、それまでは攻撃せずに、相手の体力を奪うことだけを考えていた。
第2ピリオドの中盤、さらにアクティブタイムで得点できずに2コーション目を与えられ、得点も0-2になった。「焦って取りにいったら最後やられる。(相手が)逆転できない時間に2点を取ろうと思った」。その作戦は見事に的中。ラスト15秒でこん身のタックルに入り、残り7秒でテークダウンを決めた。これで2-2の同点。ビッグポイントによって勝利を引き寄せる劇的な逆転だった。
スタドニクが場外に向かって逃げたため、アゼルバイジャン陣営はテークダウンではなく、場外ポイントの1点だとチャレンジ。認められなかったが、「1点で抑えようとした頭の回転のはやさはすごい」とスタドニクの強さを認めた。
「今回だけの闘い方。次は同じようには勝たせてもらえない」。いつもの大会以上の大きな金メダルを手に取り、登坂は1年後のオリンピックで再び闘うことを覚悟していた。