※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=三次敏之、撮影=矢吹建夫) ワンチャンスで世界女王対決を制した吉田沙保里(ALSOK)
10年以上前のことだ。格闘技雑誌の企画で伊調千春・馨姉妹の取材で、至学館大の前身の中京女子大を訪れた。せっかくなので、レスリング部の練習も拝見させてもらった。吉田沙保里(ALSOK)が黙々と練習している。
スパーリングを何セットかこなした後(本数までは覚えていないが)、マットを下りたので、休けいするのかと思いきや、左右の手にダンベルを握ると、凄まじいスピードで上下に振り始めたのである。
「なんだ!?」と思ったのが率直な感想である。女子レスリングに関しては新潟・十日町での過酷な合宿風景を見て、その厳しさに接したことはあった。しかし、あの時の吉田のダンベルの振り下ろしは今でも目に焼きついている。その後、天井からつるされたロープをスルスル登り始めた。
人並み以上、いや他のアスリート以上とも言われる吉田の背筋力や握力は、こんなトレーニングの賜物なのだ。その後、吉田の練習を間近で見る機会はなかったが、自分の追い込み方は心得ているに違いない。
今大会の試合後のコメントで、「練習でも調子が良かった。練習ではがぶり返しを結構やっていた」と語ったように、今大会ではそのがぶり返しに目を見張るものがあったが、2回戦(テクニカルフォール)、3回戦(フォール)、準決勝(テクニカルフォール)と磐石の強さで勝ち上がり、決勝では世界選手権55kg級優勝の浜田千穂(日体大)を迎え撃った。 相手の脚を固めたうえでネルソンでフォールを狙う地獄固めの“変形バージョンで”勝負を決めた吉田た
吉田は決勝を「力技でのフォールでした」と振り返ったが、力まかせで強引にもっていったわけではない。タックルを切ってから、徐々にネルソンにもっていった変形地獄固めでフォール勝ち。日頃のトレーニングで培ってきた尋常ではない背筋力が、こういう場面でも活かされた。終わってみれば、全試合で失点「0」だった。
「55kg級の時は体重が足りなかったくらい。53kg級は私に合っている」という吉田。その視線はリオデジャネイロでのオリンピック4連覇しか見えていない。
本ホームページのニュースでも取り上げられていたように、博報堂DYメディアパートナーズ発表の「アスリートイメージ評価調査」の結果によれば、「2015年に活躍が期待できる」の女性アスリート部門のトップになった吉田。2015年は、所属するALSOKが会社設立50周年を迎える。自らの活躍で、会社の節目の年に花を添えてくれるに違いない。