※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=増渕由気子) 教員をやめ、レスリング活動に力を入れる井上貴尋(三恵海運)
井上にとっては、三恵海運の所属で出場する初めての大会となった。これまでは、東京・自由ヶ丘学園高の非常勤講師として、教師をやりながら選手活動を続けていた。リオ・オリンピックまで2年を切ったところで、レスリング一本の生活にチェンジ。三恵海運に籍を移した。
非常勤講師の契約は来年3月まで残っており、このあとの約4ヶ月間は高校教師をやりつつの選手活動をなるが、来年4月からは練習拠点を母校の日体大に戻して、リオ・オリンピックを狙う。
高校、大学と両スタイルで活躍した選手だ。高校3年の時は、インターハイで優勝する一方、国体はグレコローマンに出場して優勝。両スタイルをまたいでの高校4冠王者に輝いた。大学では、グレコローマンで全日本学生選手権を制し、フリースタイルの全日本大学選手権でも優勝。才能あふれる選手だった。
だが、大学卒業と同時に本格的なレスリング選手としては区切りをつけ、高校教員として新たなる一歩を踏み出したつもりだった。
■代わりに海外遠征に行った高谷大地(拓大)が大活躍! 「もう追い抜かれている」
ところが、無欲で挑んだ昨年の全日本選抜選手権で優勝。続くプレーオフも制して世界選手権に出場。初出場ながら9位となり、トップ10入りを果たした。もっとも、当時は「まずは高校教員として頑張りたい。その環境の中で、できる範囲でレスリングも頑張りたい」と話すほど教員の道にまっしぐらだった。世界9位の井上を実業団が放っておくわけがなく、複数の企業から契約を申し込まれたそうだが、「すべてお断りしました」と振り返る。 実業団選手のデビュー戦を優勝で飾った井上
「高校では非常勤講師。今後の生活保障はありませんでした。それなら三恵海運にお世話になって思い切りやってみることにしました」。今年1月に結婚し、家族もいる。一家の主として実業団の選手になることが安定した生活と判断したようだ。今大会は減量がない70kg級に出場したが、「全日本選手権では、もちろん65kg級に出場します」ときっぱり。
もちろん、レスリングに専念する環境を手に入れたとしても、井上が楽に勝てる保証はない。65kg級は多くの若手選手がひしめく最激戦区と言える階級。今年の世界選手権(ウズベキスタン)に19歳で出場した高谷大地(拓大)は初出場で2勝を挙げて7位。アジア大会に出場した石田智嗣(警視庁)も3位決定戦に回るなど、どの選手がオリンピックの代表となっても、世界に通用するレベルになってきている。
高谷は今年の冬の遠征メンバーに抜てきされ、一気に力をつけた選手の一人だ。井上は「昨年の全日本選手権では僕が2位だったので、本来は冬の遠征に参加する資格がありましたが、教員の仕事の関係で辞退し、代わりに行った高谷選手がワールドカップなどで活躍しました。高谷選手には負けたことがないのですが、もう追い抜かれていると思うので、12月の全日本選手権はチャレンジャー精神でやっていきたい」と、昨年の世界選手権9位というプライドを捨てて挑む。
兄・智裕も10月の長崎国体成年の部で初優勝を飾り、今回の全国社会人オープン選手権ではMVPであるJOC杯を受賞した。弟の井上もその追い風に乗りたいとろ。1ヶ月後の全日本選手権で、三恵海運の井上兄弟がそろって優勝を目指す。