2014.09.28

【アジア大会第1日・特集】世界選手権の屈辱晴らした金メダル…女子63kg級・渡利璃穏(アイシン・エィ・ダブリュ)

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

【仁川(韓国)、文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫】2016年リオデジャネイロ・オリンピックに近づく金メダル! アジア大会女子の63kg級は渡利璃穏(アイシン・エィ・ダブリュ)が、決勝で4月のアジア選手権チャンピオンの西洛卓瑪(中国)相手に、ラスト3秒で4-4に追いつき、ラストポイント差で勝利。初戦敗退の世界選手権の汚名を返上する優勝を飾った。

 渡利は「シニアの大会で金メダルを獲れた。優勝は素直にうれしい。欲しかったものです」と笑顔を見せた。

 世界選手権では初戦でモンゴル選手に負けて敗退。そのモンゴル選手も9位となり、渡利は敗者復活に進むことすらできなかった。敗因はメンタル面。「勝たなくちゃ」と意気込みすぎて周りが見えなくなり、空回りして終わった。

 2週間で気持ちを切り替え、今大会は練習通りにリラックスすることを心掛けた。1、2回戦ともに圧勝で準決勝に進出。相手は因縁のあるモンゴルとの対決だった。世界選手権のリベンジと行きたかったが、モンゴルは世界選手権代表を外して、今年の世界選手権60級で優勝したチェレンチメド・スヘー(モンゴル)を投入してきた。

 「わたしはずっと63kg級でやってきたので、絶対に勝つ気持ちでやりました」。シーソーゲームの展開から、試合中盤に渡利が4点タックル、後半も手堅く得点を重ねて11-8で振り切った。

■決勝はラスト3秒で逆転。諦めなかった優勝への想い

 決勝戦は3月のワールドカップ(東京)で対戦し、1点差の接戦で勝利した西洛卓瑪との対決。準決勝の勢いそのままに、前半は渡利がタックルを決めていい流れを掴んだように見えたが、後半にバックポイントや場外際のもつれで潰されて2-4と逆転された。

 終了間際、右手をつかまれて自由がきかないという苦しい状況に追い込まれた。「残り15秒で時計が見えて、思い切りぶつかっていこうとした」と、体全体でぶつかって相手の体勢を崩して強引にタックルへ。相手がこらえられず、しりもちをついたのが、5分57秒だった。

 今大会は、世界選手権で上位進出ならなかった渡利にとって、2年後のリオ・オリンピックで勝つために重要な大会だった。渡利の先輩の吉田沙保里(ALSOK)らは、けがをして、も熱を出すアクシデントがあっても、試合では絶対に勝つ。「わたしは世界選手権でけがもなくぴんぴんしていたのに負けてしまって…」と、今大会はどんなことが起こっても勝つんだと言い聞かせた。栄和人強化委員長からも「今回で渡利が外国でも勝てるかどうか決まってくる」とプレッシャーをかけられていた。

■パスポート忘れ、ケータイ紛失とマット外で冷や汗

 その固い決意が試されるようなアクシデントがあった。「実は…。パスポートを家に忘れたまま(東京への)新幹線に乗り込んでしまいました」。気がついたときは時すでに遅し。新横浜までノンストップの新幹線では引き返すことはできなかった。結局、至学館大の志土地翔太コーチにパスポートを東京まで持ってきてもらい、翌日の羽田空港発の飛行機に予定通り乗ることができた。

 「現地入りしてからも、ケータイを落としたり(その後見つかる)と、初めてのことばかり起りました。パスポートを志土地コーチに届けてもらえなかったら、わたしは今、この場にいなかったかもしれません」と頭を下げた。

 世界選手権からわずか2週間で、再びピークを持ってこなくてはならない重圧。今までに経験がないことばかりで、マット外でのミスもあった。

 「今回は初めてのことばかり起こりました。パスポートを忘れ、ケータイを落とし…そして、(シニアで初)優勝できました」。マット外でのアクシデントは、どんな時でも勝てるようにと神様が渡利に課した試練だったのかもしれない。試練を乗り越えて渡利が、アジア女王の座に就いた。