※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
江藤紀友(自衛隊練馬)
思ってもいなかったチャンスを得た江藤は「言われた時は、びっくりしましたけど、うれしいです。やるからには勝たないとなりません」と張り切っている。同じ自衛隊といっても、いわゆる“プロ”の体育学校の選手ではない。通常勤務をしながらのレスリング活動だが、「練習時間を探し、効果的にやっていけば結果は出ると思います」ときっぱり。
■一般自衛官として限られた練習時間だが…
江藤は学生時代にずば抜けた強さで拓大のグレコローマンを支え、2006年4月に自衛隊体育学校へ進んだ。この年の6月にモンゴル・ウランバートルで行われる世界学生選手権の代表も決まっており、ここで好成績を上げて世界へ飛躍する予定だった。 2005年全日本学生選手権でV2を達成した江藤
ロンドン・オリンピックへの夢が断たれたあとの2012年3月をもって体育学校を離れ、練馬駐屯地で一般自衛官として働くことを決意した。レスリングは「仕事」から「余暇での活動」となったが、全日本選抜選手権や全日本選手権は「出場権がある限り出よう」と思い、出場を続けてきた。
「全日本チャンピオンになったことがないから、一度はなってみたい、という気持ちも、(全日本選手権に)出場し続ける理由なんですけど」と言う一方、平日は5時15分まで仕事があり、十分に練習できる環境にはない。平日は近くの東洋大へ、土日曜は母校の拓大のほか、中大、国士舘大などに練習時間を聞き、参加させてもらうのが現状。体育学校での環境とは雲泥の差だ。
しかし、ベースのある選手にとっては、練習時間がすべてではない。限られた時間で集中し、考えて練習することで実力をキープすることはできる。6月の全日本選抜選手権2位を初めとした衰えぬ実力は、「やれる時に一生懸命やる、というスタイルが自分に合っていたんだと思います」と分析する。
■「気負わずにやっていけば、結果は出ると思います」 6月の全日本選抜選手権決勝で闘う江藤(青)
出場する以上は勝つことが目標だが、「勝ちたい、勝ちたい、で勝てるものではない。そう思わず、気負わずにやっていけば、結果は出ると思っています」。一般自衛官になり、気負いのない状態で出場して結果を出してきたがゆえの言葉だろう。
体育学校時代は「勝ちたい」という気持ちに満ちあふれていたという。「それがよくなかったのかもしれませんね」。あふれるような闘争心が、時にマイナスになってしまうのが勝負の世界。実力を100%発揮するために必要なものは気負わないことであり、リラックス。「舞い上がって、何も分からないまま負けて帰ってくることはしたくない。せっかくの舞台を楽しむ、くらいの気持ちでいいと思う」と言う。
ともすると誤解される日本代表選手の「楽しみたい」という言葉を、江藤は何度も使った。「大舞台で、どう自分を出せるか。レスリングをやることは楽しいんだよ、ということを実践したい。(体育学校を)引退してから、『勝ちたい』とか『負けたくない』とかの気持ちでマットに上がったことはありません。全日本選手権で試合するのが楽しい、決勝に出られるのが楽しい、そんな気持ちでしたね」 世界選手権へ向け、全日本合宿で練習する江藤
その気持ちは世界選手権に臨むにあたっても同じだ。「楽しみですよ。何をしようかな、という気持ち。1試合でも多く楽しみたい」。気負いとは無縁の世界選手権初出場は、どんな結果を出すだろうか。
もちろん、ここまで来たら2016年リオデジャネイロ・オリンピックという思いが出てくるのも自然なこと。「やれるなら、やりたいです。仕事もきちんとやったうえで、目指せるなら最高です」と、控えめながらも視野にあることを認める。リオデジャネイロ・オリンピックの国内最終予選となる予定の2015年全日本選手権では、間違いなく江藤の姿があるだろう。
その場合、71kg級はオリンピック階級ではないので、75kg級か66kg級に変えなければならないが、「どちらの階級も強い選手ばかり。楽しみです(笑)」。長嶋茂雄氏は「プレッシャーを楽しむことができれば、その人は一流ですね」と言った。強い選手と闘うことを「楽しい」と言える選手も、一流の選手と言えるのではないか。