2014.04.11

【特集】アジア選手権抜てきのチャンスを生かし、世界選手権出場も視野に…男子フリースタイル97kg級・中井伸一(東計電算)

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

(文=樋口郁夫)

中井伸一(東計電算)

4月23日からカザフスタン・アスタナで行われるアジア選手権。重量級のエース、山口剛(ブシロード)が負傷で抜けた男子フリースタイル97kg級には、“生涯現役”を目指す中井伸一(東計電算)が出場する。昨年の地元国体(東京=出身は千葉だが、高校は東京・京北高)を機に第一線を退く気持ちもあったが、「多く人からの応援を受け、気持ちは高まっています。今年は世界選手権へも出場したい」と燃えている。

 これまで学生や社会人のチームとしての海外遠征はあったものの、日本代表チームとしての遠征は初めて。前述の大会では上位入賞を果たせず、世界での闘いが厳しいことは十分に知っている。90kgに満たない体重で97kg級を闘うのだから、厳しさはさらに増す。「どんな戦略を使っても、パワーではね返されると思います」と現状を認識している。

 それでも「最善を尽くしたい。3歳からレスリングをやってきて、やっとレスリングが分かってきた。いま、レスリングが最高に面白い時ですから」と、悔いのない闘いを目指す。

■普通の会社勤めをしながらレスリング活動

 中井は1975年インターハイ王者の孝次さんを父に持つ二世選手。2001年に1年生で全国中学生選手権優勝を達成し、2005年アジア・カデット選手権(茨城・大洗町)で3位と血筋のよさを見せた。中大時代は、188cmの長身を武器に古豪中大の復興に尽力。2009・10年に2年連続で全日本大学グレコローマン選手権で優勝。両スタイルにわたって活躍する非凡な才能を見せた。

しかし、卒業にあたっては、いわゆる“プロ”の道に進むことはしなかった。普通の社会人としての道を選び、そのうえでレスリング活動を続けた。レスリングで飯が食える人間は、ほんの一握り。選手生活を終えたあと何も残っておらず、社会で通用しない人間になってはならない。

 仕事は平日の午後6時までなので、練習はランニングやウエートトレーニングのみ。土日曜日に母校・中大に出向くか、都内の大学にお邪魔して汗を流すのがマットでの練習だ。そうした環境であっても、全日本選抜選手権や全日本選手権ではコンスタントに上位を確保し、2012年には全日本社会人選手権で優勝という成績を残しているのだから、地力は十分。「余暇でレスリングをやることになり、がんじがらめにされず、広い視野でレスリングに接することができたのが、かえってよかったと思います」と分析する。

 今回、山口の離脱によって全日本2位の山本康稀(日大)がワールドカップ(3月、米国)に出場し、同3位の中井にアジア選手権のチャンスがめぐってきた。「携帯電話に登録されていない電話番号の着信がありまして、出てみるとアジア選手権出場の打診だったんです。びっくりして、その日は仕事が手につきませんでした」。

 全日本のメダリストではあったが全日本チームとは無縁で、コーチの電話番号は登録していなかった。掛け値なしに“無欲”で手にしたアジア選手権キップ。仕事を休めるかどうか分からなかったので即答はせず、会社に打診したところ、応援してくれることになった。「それなら」と、消えかけていた闘志が燃え上がり、会社の配慮もあって、4月上旬の全日本合宿に参加して臨戦対戦をつくった。

■今秋、“中大ツインタワー復活”を目指す

卒業後の人生に間違いはなかったが、ちょっぴり悔しい思いもある。中大の同期生で、“ツインタワー”として大学の復活にかけていた天野雅之(グレコローマン84kg級=ともに身長180cm以上)がロンドン・オリンピック予選に出場し、今も全日本の遠征に参加するなど第一線で活躍していることだ。「応援はしていましたし、自分の選択に悔いはありません。でも、悔しさや、うらやましいという気持ちはありました」と振り返る。

 自分が日本代表となった今大会、チームに天野の名前はなかった。「他人(山口)の不幸を喜ぶ気持ちはまったくありませんが、今年は世界選手権出場も見えています。今度は天野と一緒に出たいですね」。世界選手権(9月、ウズベキスタン)、あるいはアジア大会(同、韓国)のマットでの“中大ツインタワー”の復活はあるか。

 もちろん、選手生活は今年が最後ではない。昨年12月の全日本選手権で、39歳の柴田寛選手(周南市役所)が全日本選手権20回目の出場を果たして特別表彰をされたことを見て、生涯現役を目指す気持ちが高まった。「30代後半になっても全日本選手権に出られるなんて、すばらしいことです。そんなレスリング人生を歩んでみたいです」。

 レスリングの奥の深さを知り、今が新たな闘いのスタートライン。“第二の柴田寛”を目指すためにも、今をしっかり燃えることが望まれる。