2014.03.18

【女子ワールドカップ・特集】父、栄勝さんに捧ぐワールドカップ優勝…吉田沙保里(ALSOK)

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

(文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫)

父が急死した悲しみを乗り越えて女子ワールドカップに出場した吉田沙保里(ALSOK)は、予選リーグ、決勝含めて3戦3勝。女王の実力を示して、日本チームの優勝に貢献した。

 日本初戦の米国戦は入江ななみ(九州共立大)が出場し、吉田が控えに回ったが、2戦目の中国戦から登場。練習不足を感じさせない動きで中国戦はテクニカルフォール勝ち、ハンガリー戦は秒殺フォールで仕留め、最終日の決勝戦、対ロシアで5分33秒、12−1とテクニカルフォール勝ちした。

 吉田は「日本チームが、父のために、私のために、頑張ってくれて、それが日本全勝優勝につながりました。応援してくれたみなさんに感謝したい」と笑顔で話した。

 栄勝さんが亡くなったことを感じさせないいつも通りの軽快な動きに見えたが、吉田は「今だから言えるけど、3月に入って左ひざの内側のじん帯を痛めてスパーリングができず、そのあとヘルペスができて打ち込みしかできなかった。11日に父がなくなり、4日間練習ができなかった」と、3月に入って2週間ほど練習を積めていなかったことを明らかにした。

 体力の不安があり、「計量の後、練習をしたら喉から血がでるほど苦しかった」。だが、父との約束はワールドカップに出て『勝つ』ことだ。「1試合、1試合集中してやれば大丈夫だと思った」と前向きにマットに上がった。

 そんな不安を吹き飛ばしたのは、父の遺影だった。大会中、ずっと日本チームのメンバーが吉田コーチの遺影を大事に抱いていた。吉田の試合中はセコンドの栄監督の手にしっかりと抱かれて、吉田はマットに上がる前、両手で遺影をつかんで「行ってきます」と声をかけ、試合後は「試合してきたよ」と報告をした。「父が一緒に闘ってくれたので勝てたと思います」。

 父とともに大会に臨むはずだった今大会。「マットに上がる前に(セコンドとは)握手、終わったあとに握手をすることが普通なので、いつも通りのことをしただけ」と、遺影のおかげで、いつもと変わりなく試合ができたそうだ。

■欠場の意思は全くなかった

 父を亡くした直後、吉田は「しばらくの間、そっとしておいてください」とコメント。ワールドカップ欠場の可能性もあると報道された。だが、「練習をしてなかったので、変な試合をしてしまったらチームに迷惑をかけてしまうという気持ちはあったが、欠場は考えなかった。兄に『親父は絶対に出ろって言っているから、出ろよ」と言われ、そうだなと思ったし、『家族で応援にいくから』という言葉が私の背中を押してくれた」と振り返った。

 「2日間、お別れをしました。火葬場まで行けなかったけど、告別式で霊柩車で見送ることができたので、十分です」。お通夜のときに号泣した吉田がうそのように、このときは非常にすっきりとした表情で、そしてしっかりとした口調で話す姿があった。

 ワールドカップは過去2度、黒星を付けられており、吉田にとっては鬼門の大会。「いやな思いをしている大会。今回はどうなるかなと心配したが、父のために絶対優勝するんだという強い思いがあったので優勝できた。人間、気持ちでそこまでなれるんだなと思った。これからも気持ちをしっかり持って頑張っていきたい」。

 これまで、ワールドカップでの試練を乗り越えて強さを増していった吉田。今回の出場に賛否両論あったが、試合後の吉田のコメント、表情を見る限り、出場したことが、父、栄勝さんの最大の供養になったようだ。


 ■兄・栄利さんの話「このたびは父の突然の死ということで、ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありません。これからどうして行こうかという迷いと、逆に、自分がしっかりしないと、いう責任感を感じております。家族で力をあわせてレスリング界に何かできることはないかなと考えておりますので、応援のほどよろしくお願いします。(父を亡くして気丈にマットにあがっている妹を見て)同じ兄弟とは思えないくらいすごい精神力と責任感があるなと思います。(こちらが)背中を押されているような気がしました」