※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=三次敏之、撮影=矢吹建夫) いつも通り、平然と優勝を受け止めた伊調馨(ALSOK)だが…
3度のオリンピックでの金メダル獲得と8度の世界選手権優勝は、吉田沙保里(ALSOK)に続く世界に誇れる実績。そんな伊調が、今年の全日本選手権で天皇杯を獲得した。筆者も、彼女ほどの実績がある選手が初めての受賞だとは思ってもみなかった。
伊調は、今回の全日本選手権では、数々の偉業を成し遂げてきた63㎏級から59㎏級に階級を下げてエントリーしてきた。階級変更の理由に関しては、「元々63㎏級でも体重が足りていなかった」という理由もあるようだが、それ以上に、伊調のレスリングにかける思いや情熱が感じられる。
「展開が多いのが軽量級」という伊調のコメントからもうかがえるが、そろそろ自分のレスリングを確立する変革期にさしかかっているのではないだろうか。
■“組み易し”を選択せず、“組み難し”を選択
半年前の今年6月、全日本選抜選手権を制して世界選手権出場を決めたあと、前述の記者仲間が「伊調選手はレスリング道を目指しているように感じましたね」と語っていた。今大会で階級変更してきたと聞いて、その記者仲間の言葉の信ぴょう性が自分の中でさらに高くなっていった。
初戦の隈部千尋戦は、タックルを受けて2点を先制されるスタートだった
今年はレスリング界にとっても、激動の年だった。オリンピックの存続が危ぶまれたことが最も大きなニュースだったであろう。ルール変更もあった。そして、階級変更も発表となった。こんな様々なニュースが飛び交ったことも伊調のレスリングに対する思いをさらに強いものにさせたのではないだろうか。
オリンピック競技としての存続は決まった。ルールも階級も変更になった。ならば、自分は新しい道を進むという彼女なりのレスリング道の方程式である。伊調は「大きい選手のほうが闘いやすかった。小さい選手のほうがやりにくさ(闘いづらさ)を感じる」と口にした。“組み易し”を選択せず、まずは来年1年間を“組み難し”を選択し、あえて厳しい道を自分が歩み始めた。
今大会であらためて感じたことだが、彼女は記録などへのこだわりは持たないアスリートなのではないだろうか。自分が関わった競技を極める—-。それが、伊調馨のレスリング道というものではないのだろうか。