※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
ロンドン・オリンピック66kg級の金メダリストであり今年の74kg級世界王者の金炫雨(キム・ヒョンウ)、66kg級世界王者の柳漢壽(リュ・ハンス)に加え、2004年アテネ・オリンピック金メダリストの鄭智鉉(ユン・ジヒュン)の3選手に、韓国グレコローマンの強さの源などを聞いた。(聞き手:樋口郁夫)
《通訳》山本美仁=山梨・峡北高~中大卒。2001年に中大の主将を務める。卒業後、韓国国立体育大学、ソウル大学で語学などを学び、韓国レスリング界の要人や強豪との交流を持つ。2009年には全国社会人オープン選手権で優勝。ロンドン・オリンピック金メダリストの米満達弘選手を育てた現韮崎工高・文田敏郎監督の教え子の一人。 |
(注)3選手に自由に話してもらい、通訳の山本氏がまとめてくれたものについては、「3選手」と表記します。 韓国グレコローマンを語ってくれた3選手。左端は通訳の山本氏
3選手 今やっていることは体力的な部分と精神的な部分が大きいです。それを本当に重要視してやっています。このあたりが、他国よりも上回っているのだと思っています。極限まで追い込む練習をこなしています。
――韓国の選手は肉体的にすごく強いと感じます。同じ東アジアの民族として、日本人の体格や体力と韓国人のそれは違うのでしょうか。
3選手 東アジアの中で、体力では中国が一番あるのではないでしょうか。日本選手も体力では劣っていないでしょう。でも、日本や中国は前かがみの体勢で攻撃しようとするのに対し、韓国は胸を出して体の軸をしっかり保った状態で闘い、相手の中心(軸)を動かしながらやっていくことを心がけています。
――日本のグレコローマンが劣っていると思われる部分でしょうか。
3選手 日本の選手はスタイルがみんな同じだと思います。韓国の選手はそれぞれ個性をもった闘いをします。何よりも体のバランスの中心を考えて闘っています。そのあたりが差となって出ているのではないでしょうか。
――体力面での差はあるのでしょうか?
3選手 体力の差はないと思います。日本選手は、以前よりマットの上でよく動いていて、体力はすばらしいものを持っていると思います。ただ、技術面では劣ると思います。韓国は孫相弼(1997・99年69kg級世界王者)や金仁燮(1998・99年58kg級世界王者)ら世界で活躍されたコーチが技術を細かく教えてくれています。日本の場合は「タックルに入れ」「~しろ」という大まかな指導のような気がします。
■フリースタイルはやったことがない2人の世界チャンピオン
――ベースの違いがあるのではないでしょうか。日本は高校生まではフリースタイルが中心で、グレコローマンを本格的にやるのは大学に入ってからというのが一般的です。
3選手 韓国では中学の時から「おまえはフリースタイルがいい、おまえはグレコローマンだ」と分けてやります。グレコローマンをやっている期間が違うことに差が出てくるのは確かかもしれませんね。 日韓合同合宿で練習する金炫雨
金炫雨・柳漢壽 私たちは最初からグレコローマンです。フリースタイルはやったことがないので、まったくできません(笑)。
鄭智鉉 私はフリースタイルをやってからグレコローマンです。
――日本も若いうちからフリースタイルとグレコローマンを分けるべきだと思われますか?
3選手 最初から分けてやるのがいいのではないでしょうか?
――日本では、高校生の最大の目標となっているインターハイはフリースタイルだけです。韓国の高校生の全国大会は両スタイルあるのでしょうか?
3選手 私たちは、大会といえば必ず両スタイルあります。
――日本ではキッズ・レスリングが盛んになっていますが、韓国ではいかがなのでしょうか?
3選手 小学生では、レスリングはあまりやっていません。
――皆さんは中学になってからレスリングを始めたのでしょうか。
金炫雨 私と柳漢壽は中学に入ってからです。それまでは4年間、私は柔道をやっていました。
柳漢壽 私は体操からレスリングです。
鄭智鉉 私は体操と柔道をやっていて、中学3年生からレスリングを始めました。高校に進んでからグレコローマンをやりました。 21歳、キャリアは5年半でアテネ・オリンピックの頂点に立った鄭智鉉
鄭智鉉 そうですね(笑)
――体操でつちかった体力は役に立ったのでしょうか?
鄭智鉉 基本的な体力や体のバランスは体操でつちかったものが役に立ちました。そのベースがレスリングにつながった面はあると思います。
――ヨーロッパでは子供のころからグレコローマンをやっている国が多くあります。韓国でもキッズの頃からグレコローマンをやらせよう、という考えはあるのでしょうか?
3選手 幼いころからやっていると運動神経や運動能力が上がるので、子供の頃からやるのが理想だと思います。
■2008年北京オリンピックと2010年アジア大会での「金0」に大きな危機感があった
――韓国のグレコローマンは1984年のロサンゼルス・オリンピックで初めて金メダルを取り、オリンピックの度に金メダルを取ってきましたが、2008年北京大会で途切れました。韓国のレスリング界に危機感はあったのでしょうか。
3選手 北京大会だけではなく、2010年のアジア大会(中国)でも優勝がなく(イラン4階級、日本、キルギス、カザフスタンが1階級ずつ)、すごい危機感がありました。2011年冬に今の安漢奉監督が就任し、立て直しが始まりました。これが一番大きいと思います。情熱がすごい監督でして、選手を引っ張ってくれました。今年からルールが変わり、安監督の指導がうまくマッチしたことが大きかったです。 韓国グレコローマン・チーム。中央が再建の立役者の安漢奉監督
3選手 イランの技術は高いですが、何よりも生まれ持った身体能力がすごいと思います。ただ、勝負に最終的に必要なことは後半の体力だと思います。(注=山本通訳によると、3選手が韓国の強さを特に主張しているのは体力であり、後半勝負に持ち込めば絶対に勝てる自信に満ちているという)
――世界選手権では北朝鮮も1階級で勝ち、アジアが5階級で優勝しました。カザフスタンのグレコローマンも強いですし、アジアのグレコローマンが欧州をしのぐ日がくるでしょうか。
3選手 ルールが変わったことが、アジアに好成績をもたらした面はあると思います。欧州がこのルール下で鍛えてくれば、また変わった結果になると思いますが、今現在では、体力のあるアジアの選手の方が有利だと思います。
――皆さんの職業は何でしょうか?
3選手 三星生命のスポーツ団に所属し、レスリングをやることが職業です。ただ、三星の韓国レスリング協会への支援は終わりました。韓国協会は、いまスポンサーを探しています。(イタリアのスポーツ用品メーカーの)FILAとも契約しました。三星の私たちへの支援も、いずれ終わるかもしれません。私たちはレスリングだけをやってきて、一般社員のような仕事はできないと思いますので、いずれは三星を出て、レスリング界に残る道を探すことになると思います。
――2016年のリオデジャネイロ・オリンピックでも韓国のグレコローマンは勝つと思いますが、フリースタイルはいかがでしょうか?
3選手 フリースタイルは、今のままではちょっと厳しいと思います。強くなるためには変化が必要で、変わっていかなければならないと思います。
――最後に日本レスリング界へのメッセージをお願いします。
柳漢壽・鄭智鉉 代表してロンドン・チャンピオンの金炫雨が話してくれます(笑)。
金炫雨 世界に出て行っても、日本の選手とは一番親しく接することができます。この友好関係を続けるとともに、お互いに競い合って、もっと発展していきたいと思います。